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さようなら〜、と緩い別れの挨拶がまばらに聞こえてくる。ホームルームを終えて、普段ならここでS組まで水無瀬を求めて旅立つのだが先程「ごめん、先帰ってて」との連絡があったので、のんびり準備をする。
「おっ、遠野、珍しいなぁ」
いや、と考えを改めた。
「すまん。頼みたいことがあるんだが……」
ちんたらしていると雑用頼みが趣味なのかと疑うほど生徒に雑用を押し付けることで有名な担任に捕まってしまうので、急がねばならない。
「遠野ー。出席番号18番、遠野朱羽くーん」
よし、いいぞ、あとはこの鞄を引っ掴んでこの教室を飛び出すだけ……!
「無視するんじゃない」
「あだっ」
出席簿アタックをもろにくらった。
ふぉふぉふぉ、とわざとらしくおじいさんっぽい笑い方をしてみせる小林先生は少し太っている。ちょび髭と眼鏡もあわせて雰囲気がまさに某バスケ漫画の顧問の有名な先生だ。顎下の脂肪をたぷたぷしたくなる。
「なんすか……」
「ちょっとこのノート職員室まで運んで欲しくて」
「あー。はぁい」
「はは、潔いね。じゃあ僕、部活の方に急ぐから」
ありがとう、よろしくね。とにこやかに去っていった小林先生は、サッカー部の顧問だ。そこはバスケでいいと思う。
数クラス分あるだろうノートの山を睨んで腕を組む。
やはりこれは増援が必要か。
「重過ぎ」
増援を呼ぶべくクラスを見渡して俺は気づいた。同じクラスの友人と呼べる人間は、宮本と井槻しかいないということに。二人とも今日は部活の活動日なので、小林先生に捕まった俺を横目で見ながら部活に向かった。宮本の方は器用にもこっちを憐れみながら面白がり煽るような笑みを浮かべていた。決めた、あいつにはもう二度と菓子をやらない。
往復するのは避けたい。リュックを背負い、積み上げられたノートを両手で抱えて階段を下りる。足元を見るために体を斜めにして進んでいるため、おぼつかない足取りになってしまう。落としたら終わりだ。クソッ、小学生の頃の白線踏みと同じくらいのスリル……!
「大丈夫?」
「えっ」
階段の踊り場で一旦休憩していると、頭上から優しい声が降ってくる。俯いていた顔を上げると、同時にふっと腕の中が軽くなった。
「あ……橘?」
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