転校生現る

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転校生現る

「頬についてるよ」 「芋けんぴ?」 「普通にまつげ」 あ、恥ずかしい。 こそこそと制服のポケットからスマホを取り出して内カメにする。どこだ、と右や左に少し顔を傾けながらふと気づく。 あまり癖のない黒髪と藤色の瞳、荒れを知らない肌。パーツごとの配置も完璧。色味完璧。その大変にすばらしい顔面を目の前に、俺は感嘆の息を漏らした。発見したまつげをぺっぺと払う。 「……やっぱ俺、良い顔してんな」 そして遠野(とおの)朱羽(しゅう)というこの名前だ。響きも良い。さすがママさんパパさん、センスが発展フィーバー起こしてる。 内カメにしたスマートフォンの画面に映る自分の顔面をまじまじと見てナルシスト発言をぶっ放す俺はどう考えてもヤバい奴だ。 しかしこれは仕方ないと言うしかあるまい。祖父母の口癖は「お前は家族の宝物」、蝶よ花よと愛でられ、勉強も運動も平凡だったけれど小中ではこの顔面でクラスではある程度人気者だった。後輩からはラブレターを貰ったこともある。同クラだった女子曰く、遠野は黙ってりゃあイケメン。バレンタインには義理チョコに紛れて本命も少々……でも彼女はいなかったのが悲しいポイント。 生まれてこの方ちやほやされ続けてきた俺は、自己肯定感に満ち溢れた人間に育った。主に自分の顔面に。自分が好きなのはとてもいいことだ。そう、ポジティブこそ幸せの秘訣。自分のことは自分で幸せにする。 満足して頷き、そっとスマホを制服のズボンのポケットに仕舞う。いけない、うどんが伸びる。 「自分がキモいことしてるって自覚は?」 「かなり」 「有罪。執行猶予一日」 「あっま」 そういや世界一あまいお菓子、なんだっけ、サルミアッキ? それは世界一不味い飴。甘い菓子はグラブジャムン。 隣で呆れたような顔をして激甘判決を下した美形、彼は水無瀬(みなせ)(れい)という。 「甘い」で思い出したまま無関係な所まですっ飛んでった話題に涼しい顔でついてきて正しい答えを渡してくれたイケメンは、寮の同室者で俺の貴重なお友達だった。彼の手元にあるのは日替わりセット、今日は和食らしい。 「でも俺、顔良いよね」 「あー……並?」 「は? 意図をはかりかねる」 きれいな顔立ちをしていらっしゃる彼は、ガンを飛ばした俺を無視して行儀よく手を合わせた。 ハイスペックな上に所作まで美しいのが人気の秘訣だろうか。 ミルクティー色の髪には天使の輪、瞳はヘーゼルで、どちらも天然物。しかも学年主席、運動神経よし、というハイスペックぶりである。そうこいつは、モテの化身だった。基本やる気のなさそうな顔をしているのに、アンニュイな感じ最高、とファンからは好評だ。便利な言葉。どこがアンニュイだよ、眠そうだとかやる気なさそうだと言え。 「……何、見過ぎ」 呆れたように流し目で見てきた。ひょえ、イケメン。 「うん。相変わらず憎たらしいな、と」 「友達やめる?」 「何その軽さ、お前フッ軽じゃないんだから似合わねぇよ」 「それは関係ない」 沢庵に顔を顰める水無瀬をガン見するが、沢庵に夢中で俺に振り向いてはくれなかった。 「でも水無瀬も結構俺のこと好きでしょ?」 「別に」 「沢尻すんなよ。沢庵食べてあげる」 「やっぱ好きかもお前のこと」 突然軟化した態度と共に表情もにこやかになった。この男は損得勘定を好む傾向にある。 今は昼休み、つまり昼食タイム。いつもガヤガヤと騒がしい食堂だが、出てくる料理はメニューに関わらず絶品、かつクラスが違う友人とも会いやすい場所なので、俺はけっこう好きだった。どこぞの凄腕シェフだか何だかが厨房で腕を振るってくれているらしいのだが、俺はいつも比較的安価な麺ものばかり頼んでしまうので少し申し訳ない気持ちはある。オシャレ料理を得意とする人にただのうどんを作らせる罪悪感。 しかし結局きれいに食べ切ることが一番大事だ。無心でうどんを啜っていると、不意に隣の机の奴の話が耳に入ってきた。聞き耳を立てるのは悪趣味かと思うけれど大声で話す方もリスクは理解した上で話すべきだと思う。内容としては、転校生が云々。あっと思い出して水無瀬の方を見る。
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