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「注文いいですか」
さも当然の如く、貴雪さんは目の前に立っていた。
「ホットコーヒーをひとつ」
返事を待たず注文が入る。
セットしていないはずのアラームで起こされた早朝のように、状況が掴めない。
腫れぼったい瞼を強く瞑って、開いた。
やはりいる。
通りすがったカフェになんとなく入ったような気軽さで、貴雪さんはドリンクメニューを眺めている。
バイトが終わる22時、10分前。
こじんまりしたセルフカフェには、カウンターを挟んで向かい合うふたりしかいない。
日中はひと息つく間もないほど、ドリンクオーダーに明け暮れた日曜だった。
ようやく訪れたノーゲストの静けさに、寝不足と疲労が追い打ちをかけ、スローテンポなカフェサウンドに身を任せすぎていた。
来客を知らせるドアのベルに気が付かなかった。
『いらっしゃいませ』も言えていない。
落ち着け。
顔はマスクで半分以上隠れている。
気づかれていないかもしれない。
『整形失敗したの?』と店長に確認されるぐらい、酷い顔だ。
しかし念の為。
ポケットに名札を押し込み、レジパネルの小計ボタンをタッチした。
「280円です」
「抹茶ラテもひとつ。どちらもテイクアウトで」
「ホットかアイス、どちらにされますか」
「聞いておくの忘れてた」
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