擬、疑惑

2/11

37人が本棚に入れています
本棚に追加
/199ページ
「注文いいですか」 さも当然の如く、貴雪さんは目の前に立っていた。 「ホットコーヒーをひとつ」 返事を待たず注文が入る。 セットしていないはずのアラームで起こされた早朝のように、状況が掴めない。 腫れぼったい瞼を強く瞑って、開いた。 やはりいる。 通りすがったカフェになんとなく入ったような気軽さで、貴雪さんはドリンクメニューを眺めている。 バイトが終わる22時、10分前。 こじんまりしたセルフカフェには、カウンターを挟んで向かい合うふたりしかいない。 日中はひと息つく間もないほど、ドリンクオーダーに明け暮れた日曜だった。 ようやく訪れたノーゲストの静けさに、寝不足と疲労が追い打ちをかけ、スローテンポなカフェサウンドに身を任せすぎていた。 来客を知らせるドアのベルに気が付かなかった。 『いらっしゃいませ』も言えていない。 落ち着け。 顔はマスクで半分以上隠れている。 気づかれていないかもしれない。 『整形失敗したの?』と店長に確認されるぐらい、酷い顔だ。 しかし念の為。 ポケットに名札を押し込み、レジパネルの小計ボタンをタッチした。 「280円です」 「抹茶ラテもひとつ。どちらもテイクアウトで」 「ホットかアイス、どちらにされますか」 「聞いておくの忘れてた」
/199ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加