擬、疑惑

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貴雪さんには、恋人がいた。 夜通し泣いた。 こすり続けたまぶたは殴られたように腫れあがり、1日たってもぼってり厚い。マスクの内側もひどいものだ。 体で隠れた心の内なんか、見れたもんじゃない。 追い打ちなんてくらったら…爛れてしまう。 「まなとには、聞いておいて欲しい」 彼はまだ余裕だ。拳に力が入った。 「私が悪いんです!お相手の方を傷つけてしまって、すみませんでした!もう連絡も…なにもしません」 「あいて?」 引きずり続けて終えられる気がしない。けれどそんなこと言えるわけない。伝えれば、優しい彼にまた気を使わせてしまう。 唇が震える。 深く息を吸って。吐いた。 伝えるべきセリフは端的且つストレートに 『わかれます』 バイトが終わったら送信すると決心していた、短いメッセージだ。直接伝えられる。これ以上にきちんと終われることはない。 彼のペースに惑わされてはいけない。 震えて、また同情を誘ってもいけない。
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