文化祭を厭う者

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 それは、わたしにとってあまりにおそろしい想像だった。  一方で、意識して考えまいとしても、何度も脳内でなぞってしまう中毒性を持ち合わせてもいた。  その選ばれなかった仮定「もしも」について考えることは、ほかでもない今この世界線の幸せを実感させることを意味していたからだ。  同じ部屋で同じ楽器の音を添い合わせることのできる稀有さを、わたしは噛み締めた。  低音パートの狭い輪の中でのみ触れることのできる小林くんのギャップに、わたしはもう十分慣れている。  そのはずなのに、いまだに彼が口を開くたびわたしの胸の高鳴りは、クレッシェンドがかけられたみたいに激しくなる。  パート内で道化師のようにふるまう彼の前では、普段は臆病なわたしも、思い切って情感たっぷりに会話のノリに同調することができた。 「牧野は本当にチューバが好きだよな。マイナーな楽器だからこそ溺愛するって人は多いけどさ、こんなに愛してもらえるなんてチューバも喜んでるよ」 「さすが小林くん。わたしとチューバの仲をお見通しだね。そうそう、チューバはわたしの運命の相手なのです」 「おい牧野。チューバは学校の貸し楽器だからな? 駆け落ちするなよ?」  こんな彼とのやりとりはもはやお決まりの茶番と化していたが、小林くんの言うとおり、たしかにわたしにとってチューバは運命の相手だった。  チューバの担当にならなければ、内弁慶な小林くんの魅力に気付くことはなかっただろう。  この楽器と巡り合ったおかげで、小林くんという愛しの人との架け橋が出現したのだ。
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