文化祭を厭う者

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 下駄箱で靴を履き替える余裕もなく、上履きのまま全速力で駆けていく。  前方で、金森くんが校門前にしゃがみ込んで、(ほど)けた靴ひもを結んでいる後ろ姿が見えた。 「金森くん!」 「えっ、だれ?」 「となりのクラスの、ま、牧野です! あのね……なんとか考え直してほしいの。爆破予告、撤回して、ください」  息を整えるのもそこそこに、わたしは一気に言い切った。  なんの考えもないままストレートに言ってしまったことをすぐに後悔したが、もう遅い。こんなのしらを切られたら、取りすがりようもない。 「まっきーは素直すぎるんだよ」と、ため息をつく綾奈の顔が脳裏に浮かんだ。 「なんで牧野が小林を好きだってわかったかって? 近くにいて気付かないのなんて当の小林ぐらいだよ」と笑う、低音パートの先輩たちの顔も。  しかし学校という場で出るはずのない話題に不意を突かれたのか、金森くんは呆気にとられた顔でこちらを見つめ返した。 「はあ? 爆破予告? なんだよそれ、漫画とかアニメじゃあるまいし」 「えっ、だって文化祭をぶっつぶすって、そう言ったんでしょ? 聞いたよ」 「おまえ、馬鹿かよ。そんなの本気にするやつがどこにいるんだよ」  とぼけているのかと思ったが、どうも本気で呆れているらしかった。その口調には、こちらを見下している語気までもが感じ取れた。  嘲ってくる金森くんの表情に、うそはないように見える。というか、わたしが口にした爆破予告という言葉を、本気にさえしていないようだ。 「たしかに文化祭はかったるいけどさ、爆破予告とかフツーに犯罪だろ。威力業務妨害っつぅんだっけ? そんなリスクの大きすぎることするぐらいならサボるって」  そのような至極常識的な台詞を言い残すと、金森くんは白昼堂々、校門をくぐって学校の敷地外へ出て行く。  それ以上引き留める論理を持ち合わせていないわたしは、為す術もなく彼を見送った。
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