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「いやいや、わかってないな。絶対にうその予告だって証明できない以上、大人たちとしては万が一の事態を考えて、文化祭は中止にするしかないはずだよ」
成績上位の常連としてみんなから一目置かれている鈴木くんが持ち出した「中止」の一言に、教室はさらにどよめいた。
「せっかくここまで練習してきたのに」と、意地悪おばさん役の女子は役柄に似合わない透明な涙を浮かべ、
臆病なライオン役の男子は「うちの母ちゃん、もう仕事の有休取ったって言ってたよ、どうしてくれるんだ」と唐突に、親孝行からくる怒りを発揮していた。
そろって学級演劇の心配をするクラスメイトをよそに、わたしの意識は、みんなと同じ場所にはなかった。
二、三か月やそこら準備してきた劇のことなんて、どうだっていい。
わたしの頭の中は、部活のことでいっぱいだった。
脳に全身の血液が一極集中し、脚の力が抜けて、平衡を保っていられなくなる。気付けば、数歩後ろにあったはずの黒板の縁にもたれかかっていた。
小林くんとチューバを吹ける最後の舞台なのに、中止だなんてそんな……。
わたしは一年生の入学直後から、ずっと吹奏楽部に所属している。
自分という人間を明示する証明書のようなものがあるとすれば、それは、三年一組の生徒という以前に、吹奏楽部の部員であること、そしてなにより、チューバ吹きであることが先に刻まれていると言っていい。
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