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けれど、パートごとの練習部屋に分かれて戻ると、練習の合間に気の利いた冗談をよく挟んできて、同じ低音パートのわたしや後輩たちを笑わせてくれる。
その変化はあまりに極端で、さっきまで合奏部屋でとなりに座っていたのと同じ人間とは、とても思えなかった。
先輩たちがいた時代には、「小林、全体練とパー練でキャラ変わりすぎ~」だなんて、よくいじられていたものだ。
そう言われたら言われたで、途端に急ごしらえの真面目な顔に戻り、「僕、シャイなんで」と小林くんは返す。
その一連の掛け合いはますます周囲の笑いを呼び、彼はその掴みどころのなさによって、パート内でおちゃらけたキャラを確立していくことになる。
チューバのほかに、ユーフォニアムや弦バスで構成される低音パートのメンバーは、先輩も一癖ある変わり者が多かった。
よそのパートでは部員どうし、下の名前や可愛いニックネームで呼び合っているのに、わたしは先輩からも小林くんからも、素っ気なく苗字で「牧野」と呼ばれた。
みんな表には出さないけれど、重くて厳つくて音の低い自分の楽器を、偏屈な職人のように愛しているのがわかった。
わたしたちの入部直後、二年上のチューバを吹いていた先輩が早めの受験勉強で退部してから、わたしと小林くんは、部内でたったふたりのチューバ吹きとなった。
同じ低音パートの他の楽器の先輩たちが引き続き、世話を焼いてくれて事なきを得たものの、一時はついていく親を見失ったも同然だったわたしたちは、それからなにかとセットで扱われるようになった。
先輩たちと小林くんが織りなす茶番に、わたしはいつもいちばん近くで、ひとしきり声を上げて笑わせられていた。
もはやどっちが吹奏楽部員の本分なのかわからなくなりつつも、後引く笑いを必死に抑えながら、大きな楽器に息を吹き込み続けた。
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