重い楽器と、想い人と

3/3
前へ
/41ページ
次へ
 そんな毎日を送るうちに気が付いたのだ。  自分の中で、低音パートの部室がもはや、なくてはならない場所になっていること。超マイナスからスタートした、担当楽器チューバへの愛着が日に日に増していることを。  そして、それらの心境の変化の根本にはどうやら、パート内の団欒(だんらん)の中心人物である小林くんに惹かれる想いがあるようだった。  わたしは小林くんのことが好きだ。彼がいるだけで、このつまらないことだらけの世界が一度に華やぐ。  それはまるで、紙の譜面に白黒で記された音符の群れが、いくつもの楽器を介することで、立体的な厚みをもった音の渦に変貌を遂げたかのようだった。  けれどもわたしは、この想いを彼に伝えるつもりはなかった。  脳内に響き渡る豊かな音色は、だれにも悟られず、自分の中だけで熱演されていればそれでよかったのだ。  クラスでは存在感がなく、昔から人をまとめるのが苦手だったわたしが、先輩たちの引退に際してパートリーダーを引き受けたのも、彼との幸せな空間を人知れず、より良くしたいと望んだからだった。  もしも、わたしの好意が伝わってしまえば、彼と今のままの関係ではいられなくなるだろう。  だからわたしは、小林くんとの仲が気まずくならないよう、やりすぎなぐらいに「わたしが好きなのはチューバだけ。恋愛なんてどうでもいい」という姿勢を強調してきた。  そんなことをもう二年半も続けてきたのだから、当の小林くんもまさか、これほど近くにいるわたしに恋愛的な意味で好かれているなんて、想像もしていないに違いない。  小林くんは吹奏楽部のような女子の多い環境で、たくさんの異性に囲まれていても、態度が浮つくことはなく、ごく自然な振る舞いをしている。  特別に好きな女子もいないだろうけど、そもそも恋愛というものに興味がないように見える。  自分の気持ちに(ふた)をしてでも、彼との自然な関係を保ちたいと思った。  引退舞台である中学最後の文化祭が近づいてきても、わたしの覚悟は変わらなかった。  わたしたちはこの形でいるのがいちばんしっくりくるし、そうあるべきなのだ。
/41ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加