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そんな毎日を送るうちに気が付いたのだ。
自分の中で、低音パートの部室がもはや、なくてはならない場所になっていること。超マイナスからスタートした、担当楽器チューバへの愛着が日に日に増していることを。
そして、それらの心境の変化の根本にはどうやら、パート内の団欒の中心人物である小林くんに惹かれる想いがあるようだった。
わたしは小林くんのことが好きだ。彼がいるだけで、このつまらないことだらけの世界が一度に華やぐ。
それはまるで、紙の譜面に白黒で記された音符の群れが、いくつもの楽器を介することで、立体的な厚みをもった音の渦に変貌を遂げたかのようだった。
けれどもわたしは、この想いを彼に伝えるつもりはなかった。
脳内に響き渡る豊かな音色は、だれにも悟られず、自分の中だけで熱演されていればそれでよかったのだ。
クラスでは存在感がなく、昔から人をまとめるのが苦手だったわたしが、先輩たちの引退に際してパートリーダーを引き受けたのも、彼との幸せな空間を人知れず、より良くしたいと望んだからだった。
もしも、わたしの好意が伝わってしまえば、彼と今のままの関係ではいられなくなるだろう。
だからわたしは、小林くんとの仲が気まずくならないよう、やりすぎなぐらいに「わたしが好きなのはチューバだけ。恋愛なんてどうでもいい」という姿勢を強調してきた。
そんなことをもう二年半も続けてきたのだから、当の小林くんもまさか、これほど近くにいるわたしに恋愛的な意味で好かれているなんて、想像もしていないに違いない。
小林くんは吹奏楽部のような女子の多い環境で、たくさんの異性に囲まれていても、態度が浮つくことはなく、ごく自然な振る舞いをしている。
特別に好きな女子もいないだろうけど、そもそも恋愛というものに興味がないように見える。
自分の気持ちに蓋をしてでも、彼との自然な関係を保ちたいと思った。
引退舞台である中学最後の文化祭が近づいてきても、わたしの覚悟は変わらなかった。
わたしたちはこの形でいるのがいちばんしっくりくるし、そうあるべきなのだ。
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