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日常と異変の狭間で
演劇のリハーサルどころではなくなった教室を、どさくさに紛れてわたしは抜け出した。
クラスの出し物ではわたしは衣装係で、担当していた西の魔女の衣装が数日前に完成してからは、特にやることがない。
クラスメイトの演技を見守っているだけのわたしが姿を消しても、だれも困ることはないはずだ。
各クラス渾身の作である大道具や、教室展示のアートが転がっている廊下を、わたしは走り抜けた。
気合を入れて頭の高い位置に結んだポニーテールが、ばさばさと一定の間隔で首筋を打つ。
どのクラスからも明日の本番を前に、熱の入った追い込みの声が漏れ聞こえてくる。
昨日までは、今年注目なのはどのクラスの出し物だろうと、親友の綾奈と情報交換していたものだったが、それも今では過ぎ去った日常という感じがした。
どうやらほかのクラスには、爆破予告の噂がまだ行き渡っていないらしい。
学校を揺るがす一大事だというのに、だれもかれもが明日の文化祭の準備にかかりっきりで、校内は不自然なほどに平和だった。
職員室の扉はぴたりと閉ざされていて、試験期間にしか登場しない「入室禁止」の札が掛かっていた。
くもった窓ガラスを通して、先生たちが勢ぞろいしている人影が見える。
中から姿を見られないよう、扉の前でしゃがんで耳をそばだてると、先生たちの緊迫した声が聞こえてきた。
「いえ、ですからね――」
「そんな悠長な。万一にでも、本当に爆発物があったら――」
「安全対策上、それはやむを得ない――」
「いずれにせよ警察には届けるべきでしょう――」
やがて、いつも以上にものものしい口調の教頭先生が、場をまとめるため仕切ろうとするのがわかった。
「では二時間後、各調整を経て、午後三時からの職員会議で最終決定を下すことにします。それまで、生徒にはくれぐれも内密に。いったん解散してください」
続いて椅子を引いたり、荷物を整理したりする音が聞こえてきて、わたしは近くの連絡掲示板の陰に身を潜めた。
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