105号室

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 手元のスマートフォンの地図をもう一度確認して柿崎(かきざき)は車から降りた。  コインパーキングから出て直ぐの信号を右折、その後ひとつ目の角を左折。古ぼけた二階建ての木造アパート、それが柿崎の目的地だ。  歩き始めて直ぐ、車の中にコートを置いてきた事を後悔した。  風がないとは言え12月初旬だ、スーツの上着だけでは防寒の役には立たない。だが、面倒臭さもあり戻る気にはならなかった。  古いアパートの隣には、黒いネットで覆われた改装中のマンションがある。それは柿崎が勤める不動産会社所有のマンションだ。元は古いマンションだった。  そして、木造アパートの隣、マンション側ではない方は広い更地になっている。そこも柿崎が務めている不動産会社所有のマンション建設予定の土地だ。  柿崎は木造アパートの前に立ちそっとため息を吐いた。  そのアパートの一階の左端の部屋にだけ住人がいる。  このアパートは買収され、取り壊しが決まっている。取り壊しは年明けだ。  その住人の契約期間は間もなく切れる。それなのにアパートから出ていく素振りはない。  前々からアパートのオーナーから勧告されているにも関わらず、住人と話し合いが出来ていないと言う。  半年以上前からアパートの住人には説明があり、転居先の手配等もスムーズに運んでいたのだが105号室の住人だけが話し合いに応じず、出ていくとの書面は貰っているが出ていく気配がないと言う。  面倒な住人なのだろうか?  70歳手前の年金暮らしの男性としか聞いてない。  オーナーが折衝役として動いていたのだが、先月下旬に入院してしまい、それから不動産会社の他の者も話し合いに行こうとしたが、その日は酷い腹痛で救急搬送されてしまった。  そして、柿崎の番になった。  会社の一部の人間は105号室の呪いだなんて非現実的な事を言っていた。ばからしい。  オーナーは持病が悪化しただけだし、腹痛で救急搬送された社員はウイルス性の胃腸炎になっただけ。たまたまそれが重なったというだけだ。  現に柿崎は件のアパートへ辿り着いている。  ただ交渉は気が重い。契約終了とは言え、転居先が決まっているのかすら怪しいのに出ていってくれるのか。取り壊しまで粘るつもりなのでは?そんな風に柿崎は思っていた。  アパートの敷地内はコンクリートブロックで囲われている。そのブロック塀の内側、一人の少女が立っていた。  柿崎は一瞬足を止め掛けたが、直ぐに105号室へと歩を進めようとした。だが。 「会えませんよ」 「……?」  背後から声が掛かる、塀に寄り掛かっていた少女が話しかけたのだろう。そう思い、柿崎は振り返った。 「会えませんよ」  柿崎が振り返ると、少女は悲しそうな目でもう一度言った。 「……?」  その少女は12月だと言うのに半袖のセーラー服を着ていた。手には濃い紫色の布を巻いた棒のような物を持っている。  袖から覗く白い肌が寒々しく見え、その憂いた表情と相まってまるでこの世の者ではない存在に思えた。 「105号室に行くんですよね?」 「……あぁ……そうだが……留守なのかい?」 「いえ……ただ、貴方には会えない」 「……?」 「……でもちゃんと送ってあげますから」 「なにを……?」 「じゃあ」  柿崎は少女が何を言っているか分からなかった。頭の中を盛大な疑問符で埋めながら、ただ少女を見送る事しか出来なかった。  少女は105号室のドアを開け、中へと消えた。
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