ワスレナグサ

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「省吾の死体?!どう言う事?」 省吾は私を抱えながら、線の様に繊細な雨糸の中を飛んでいく。その天使みたいな姿形に見惚れていると〝ここで話そう〟と彼は、灰色の床に足を下ろした。 街中の高層ビルの屋上。 隅っこに倒れていた傘を、私の頭上に差すと彼は重たい口を開く。 〝俺が菜摘に「話したい事がある」って連絡した後、高遠から話があるって言われたからあいつの家に行ったんだ。早めに終わらせて、菜摘に会いに行くつもりでいた。でも……〟 省吾を見つめる私の目が、涙粒で潤んでいく。 〝たぶん、飲み物に睡眠薬でも盛られたんだろう。気付いたら木々に囲まれた暗い場所にいた。手足を縛られ、身動きができなかった。そしたら、シャベルで穴を掘っている高遠を見つけたんだ。俺はすぐに、自分は埋められるんだろうなと察した。そこで初めて聞いたんだ。高遠が菜摘の事を好きだって事と、俺がずっと邪魔で殺したいって思っていた事を。 でも、俺は高遠に謝らなかった。菜摘をあいつに渡すつもりなんてなかったから。逆上した高遠は俺をナイフで刺し、穴の中へ蹴っ飛ばしたんだ。あいつは不気味に笑っていた。そして、俺はそのまま生き埋めにさせられたんだ〟 「ひどいよ……ひどすぎる……苦しかったよね?ごめんなさい……省吾」 私が居なければ省吾は死ななかったのに。 今さらどうすればいいの? 私は、スカイブルーの傘が映り込む胸に顔を埋めて泣き叫んだ。 彼の指が手櫛みたいに、私の髪をとかしていく。私が泣いている時によく、そうしてくれたね。 〝大丈夫だよ、謝らないで。それが、苦しくなかったんだ。視界が見えなくなって、呼吸が苦しくなっていったけど、菜摘の事ばかり考えていたから。きっと、怒られるだろうなーとか、今頃何してるんだろ、とか。なぜか、死ぬのが怖くなかった。幸せな思い出ばかりが頭を巡って、あぁ、俺は菜摘と居れて幸せだったんだなって思ったんだよ〟 「うん、うん……私も幸せだったよ……」 〝菜摘に渡したかった物がまだ、そこに埋まってるんだ。渡すまで成仏出来ない。だから、一緒に探して欲しい。俺の死体も、それも〟 「場所は分からないの?」 〝「菜摘が危ない!助けに行かなきゃ!」って思っていたら、魂とこの姿だけがさっきの場所に来ていた。だから、俺が埋まっている場所は分からないんだ〟 「その場所から何かが見えたとか、思い出せる?」 本当はあなたの死体なんて見たくない。 見たくないよ……。 でも、このままじゃいけないのも分かってる。 〝向こう側に小さな山が見えた。その上にはお城みたいのもあって……山の中に明かりが灯っていて、動いていた気がする〟 「山のロープウェイかな?」 〝あ、あと、何かの工場の煙突があってそれが月と重なって見えた。穴に落とされる前に、そう見えたのが印象的だったから覚えている〟 この辺りの山でお城があって、ロープウェイがある場所?その光景が見える向かいの山か丘?そして、その場所は工場の煙突と月が重なって見える。そこに、省吾が埋まっているの? 私たちは顔を見合わせた。 この辺りでそんな場所は…… 「月田山(つきたやま)だ」 〝そうだ!そこからお城が見えたはずだ!〟 私はまた省吾に抱えられ、すっかり暗くなった星空へ浮かび上がる。 雨は不思議と止んでいた。 星屑すら通り越してしまう体を抱き締めながら思う。 このままずっと一緒に居れたらいいのに……。 私たちは、省吾の死体を掘り起こしに向かう。
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