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乃依は何とか組まれた肩から逃げ出して、後ろの彼を振り返る。
「あ、あの」
「しーっ、見てみぃ、これ」
彼の示す先には乃依がさっき係の人に握らされたクーポン。
クーポン1万円分
(※この会場で当日のみ使えます)
あ!
なるほど、この特典が狙いか。
乃依は納得しながらも少し呆れて、彼の方を睨む。
「じゃ、俺らデートしてくるけぇ」
「おお、いけいけ」
「ええのお」
彼は友達に見送られ、乃依の手を取って会場へと歩を進めた。
「あの、いいんですか? お友達」
「ああ、あいつらはええんよ。そっちは……ええと、名前は?」
「乃依です」
「ノイね、りょーかい。ノイの連れは?」
乃依は首をふりながら、いきなり呼び捨てされたことにドキッとする。
だって、『乃依』と呼ぶ人は、家族か女友達ぐらいしかいないから。
「一人か、ならいいね。あ、俺は栄太郎。栄太郎でも栄ちゃんでも、好きに呼んで」
「栄太郎さん」
「うわ、『さん』はやめて」
「栄……ちゃん」
「うん、それで」
自己紹介もそこそこに、栄ちゃんはぐんぐん進んでいく。
「おめでとうございます! いってらっしゃ~い」
担当者やまわりからの明るい声。
乃依はもう恥ずかしくて、マフラーとレイに顔を一層うずめて歩く。
おかげで寒さを忘れていることには、まだ気づいていなかった。
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