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ああ寒い。
乃依は冬が苦手だった。
冷え性で手袋をしていても手は冷たいし、寒がりだから着ても着ても寒い。
外出する時はいつもぷくぷくになるほど重ね着をして、マフラーに顔を埋め、小さな背中を丸めて逃げるように足早に歩く。
もう、お姉ちゃんったら、自分で買いに来れば良かったのに。
乃依の外出の目的は、期間限定で開かれている『広島うまいもの市』で、お姉ちゃんに頼まれた買い物をすることだ。
そうでもなければ、こんなに寒い十二月の初めに出歩いたりしない。
「ごめん乃依。私、今日デートなんよ。『八朔大福』の出店は今日までじゃけ、お願い!」
デート前のお姉ちゃんはそう言い残して、この寒いのにスカートで飛び出して行った。
お姉ちゃんの彼氏はころころ代わる。
今までほとんど付き合ったことのない乃依とは大違いだ。
八朔大福とは二年前に尾道の彼氏と付き合っていた頃に出会ったらしく、広島市内で食べるチャンスがある時は今日のように逃さないのだ。
乃依も食べさせてもらったことがあって、美味しいとは思ったけれど、こんな寒い中を買いに行こうと思うほどではない。
『うまいもの市』の入口付近はやや混み合っていた。
乃依はお姉ちゃんからもらった入場券を取り出そうとして少しモタつく。
やっと取り出して、それを手袋の手に握る。
と、後ろから来た人に勢いよくぶつかられてよろめき、とっさに前にいた誰かの腕にしがみついて体を支えると、そのまま入口をくぐった。
「おめでとうございます!」
パン!
何かの割れる派手な音がする。
わけがわからず誰かの腕にしがみついたままの乃依の頭の上に、割れたくす玉から紙吹雪が降り注いだ。
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