第8話 求めるはその香り

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どこかに設置されているらしい取締機に引っかかっていたら、情けない顔でタブレットを抱きしめる助手席の山形が写っているはずだ。 「これは君だよね?」と聞かれれば素直に認めるし、正直に事情を話す覚悟はある。オメガ保護法に基づく行動は、人権の面からも優先順位が上になる。タブレットから、和美の状態がサーバーに送られて、その和美のために山形が出張残業をしている。 「大丈夫、大丈夫。ログは残るから」  山形は自分に言い聞かせるように呟くと、タブレットに目をやった。  和美の、居場所に随分と近づいている。  和美の状態を確認するために、画面を広げると、数値が変化しているのが見えた。 「え?まずい」  山形は、和美のネックガードから送られる和美の状態を表す数値に焦った。色々な数値が急に変化をし始めたのだ。 「どうした?」  法定速度は守らないけれど、安全運転は心がけている荒城が、ウィンカーを出しながらも山形の呟きを拾って聞いてくる。  これを言うと、荒城の心理状態に宜しくない。と分かってはいるけれど、答えなければ荒城が怖い。 「あ、あのですね。和美くんのヒートが始まってます」 「………」 「確かに、そろそろ周期ではあったんですけど、少し早いです。こんな状況で…」  山形が丸で独り言のように呟き、タブレットを操作するのを、荒城は黙って横目で見る。  既に日が落ちて暗くなった。雨が降っているせいで人ではほとんどない。すれ違う車は帰路を急ぐように見える。 「ああ、少し前にネックガードに衝撃が加えられてる。無理やり番うつもりが?」  市街地を走るから、荒城の運転がそこまで乱暴ではなくて、山形はようやく和美のネックガードから送られてきたログを確認する。少し前にネックガードに与えられた衝撃はなかなか数値が高い。 「ネックガードを破壊しようとしたってことは、和美くんは縛られてる?それともコテージのネックガードと分かってない?」  山形はブツブツと呟きながら、いくつかの仮定を口にしていた。 「おい、そろそろ着く。和美はどの部屋だ?」  荒城がゆっくりと車を動かしているのが分かって、山形は慌ててタブレットをタップして、マップを拡大する。和美がいる建物が大きくなり、和美がこの建物のどの部屋にいるのかが分かった。 「ここです」  画面を荒城の方に向けると、荒城は確認したようで、かるく頷いた。 「ところで、あの…どうやって中に入るんですか?」  山形はここで根本的なことを荒城に聞いた。オメガ保護法をもって、中にはいることはできるけど、大前提として、扉を開けてもらわなくてはいけないのだ。ドラマなんかで見るような、蹴破るとか、そんなことは実際はできない。とにかく、中にいる人に扉を開けてもらわなくてはならないのだ。何ともまだるっこしいことだ。 「それは問題ねぇよ」  荒城は目的の建物の前に車を停めた。山形を待たずにサッサと玄関に向かうと、なんの躊躇いもなくドアノブに手をかける。すると、扉は簡単に開いた。 「え?鍵がかかってない?」  オメガを拉致しておきながら、扉に施錠していないだなんて、油断しすぎとしか思えない。和美に荒城が懸想しているのを知ってい拉致をしたのではなかったのだろうか?いや、もしかすると・・・ 「荒城さん、罠ではないんですか?鍵がかかってないだなんて、こちらを誘っているみたいじゃないですか」  山形が慌てて追いかけて、荒城の背中にそう言うと、荒城は面倒くさそうに振り返って口を開いた。 「罠でもなんでもねーよ。ここはいつも鍵が開いてんだよ」  荒城が扉の中に入ると、頭を下げる男が複数。 「え?どーゆーことで?」  山形は荒城の後をついて行くしかない。広い廊下に、複数の男が立って頭を下げている。どいつもこいつも似たような派手なシャツに、変わった髪型だ。 「俺のオメガを迎えに来た」  目的の部屋の前に、扉を守るように立つ男が、一人。 「こちらにはお嬢がいまして」  男は一応、言い訳みたいなことを口にして、荒城を中に入れようとしない。 「俺のオメガが、そこにいんのは分かってんだよ」  荒城がそう口にした途端、ドアの前に立つ男の喉が短く鳴った。それはもしかすると小さな悲鳴だったのかもしれない。男が膝から崩れ落ちるように床に沈んだ。 「邪魔だ」  荒城は一言言って、崩れ落ちた男を足蹴にする。  そうして、開いた扉の中にはソファーに腰かけて雑誌を読むお嬢が居た。 「あら、荒城」  そう言って、お嬢は雑誌を置いて荒城に、駆け寄ったが、荒城はお嬢を無視して奥へと進む。 「ちょっとまって、荒城!奥はダメよ。分かってるでしょう?ここは私たちイロの為の…」  お嬢が慌てて荒城を止めようとするが、荒城は振り返りもせずに部屋の奥の扉に手をかけた。 「ひっ」  ベータの山形でさえ息が詰まるほどの圧を感じた。
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