第3話 つがいの運命

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 和美を抱えて風呂から戻れば、ベッドは綺麗にメイキングがされていた。シワのひとつもなくきっちりと整えられたシーツの上に、意識のない和美を乗せる。  白い肌には荒城の欲望の痕が大量にあった。 「やっちまったなぁ」  タオルで頭を拭きながら、和美の状態を確認する。どう見ても抱き潰していることは間違いなかった。そもそも、和美がコテージ育ちで、特定のアルファと接触がなかったことぐらい知っていた。間違いなく俺のオメガだと確信したからこそ、事に及んだわけだけれども。ここまで己の理性が飛ぶとは思ってもいなかった。 「そういや、充電切れてたな」  ふと思い出して、和美のスマホをとってケーブルをさした。バス停で水しぶきをかけられて、和美は自分より先にスマホを吹いていた。コテージで生活しているから、必需品として持たされているのだろうから、そう簡単に買い替えなどできないのだろう。  充電が始まって、スマホが立ち上がると、すぐに大量の着信履歴が入ってきた。 「なんだこりゃ」  おびただしい量の着信履歴は、全て同じ人物からだった。スライドさせてその名前を確認する。その名前には覚えがあった。 「職員か」  めんどくさいな、と思った途端、和美のスマホが鳴った。まるで充電されたのが分かっているかのようだった。 「しつこいやつだな」  一向に鳴り止まないスマホに辟易して、荒城は仕方なく応答した。 『……私、施設職員の山形ともうします』 「分かってるよ」  まるで山形は荒城が、出ることを予想していたかのように自己紹介をしてきた。荒城は、画面に名前が表示されていたから分かっているだけに軽くイラついた。 『あなた、アルファでしょう?和美くんとヒート中ずっと一緒に過ごしましたよね?』 「ああ」 『和美くんに、避妊薬は飲ませましたか?』 「ああ?」  頭ごなしに叱りつけるような口調で言ってくる山形に、荒城は反発を抑えた。そもそも、施設の職員であるから、山形は公務員だ。どうしたって荒城とは相容れない。 「そこ、ホテルですよね?何もしてないはずありませんよね?同意ですか?和美くんの、同意を得ていないのなら、今すぐアフターピルを飲ませてください」 「んなもん、持ってるわけねーだろ」  馴染みのホテルなのでホテル側がピルをサイドテーブルに用意してくれてはいたが、すっかり忘れて飲ませていなかった。周期のヒートではないから、妊娠する確率はよくて五分五分だろう。 『あなたが今手にしている和美くんのスマホ、その手帳型の内ポケットに薬が入ってます。黒いアルミのふくろです』  山形がそんのことを言うから、荒城は渋々手にしたスマホを確認する。確かに、黒いアルミの袋が手帳の内側のポケットに、入っていた。 「あったよ」  ぞんざいに返事をすれば、すぐに山形が返事をする。 『噛むタイプの薬なので、水なしでも飲めます。すぐに飲ませてください』 「わかったよ」  和美を抱き起こし、薬を口に入れようとしたが、意識のない和美は口を開かない。 「仕方がねーな」  荒城は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して、薬を自分の口の中で噛み砕く。 「飲め」  水を一口口に含んで、和美に口移しで飲ませる。和美の喉がゆっくりと上下するのを確認すると、まだ繋がったままのスマホを手にした。 「飲ませたよ」 『ええ、聞こえました』  冷静な山形の声が耳に触る。全くもって相容れないタイプだ。 「切るぞ」 『はい、結構です』  荒城の返事を聞いた途端、山形の方から通話が切られた。 「気に食わねぇな」  一瞬、スマホに八つ当たりをしそうになったが、和美のものだったと思い直して、和美の横にそっと置いた。和美は静かな呼吸を繰り返して眠っている。こんなことは初めてだっただろうから、さぞや疲れているだろう。荒城は、そっと和美の口髭を撫でた。髪の毛同様に柔らかい。幼い顔立ちにアンバランスな口髭は、背伸びをしている印象がある。 「噂のホルモン療法ってやつか」  抑制剤が体質的に合わない男オメガが、取り入れるのが流行っていると聞いてはいる。学生の使用率が高いとは聞いていたけれど、和美もそうなのだろうかと、荒城は考えた。 「俺と番えば楽になれるのにな」  口髭を撫でるからか、和美の口が動くのが可愛い。餌を待つ雛鳥のようだ。 「なんか、飯でも用意するかぁ」  いい加減、自分もろくな食事を取っていないと気がついて、荒城は備え付けのタブレットを操作した。  食欲を刺激する匂いがして、和美は目を覚ました。  目の前には知らない天井があった。施設の天井でも、コテージの天井でも無さそうだ。 「ここ、どこ?今何時?」  和美は起きて、状況を把握しようとしたけれど、思いのほか口がカサつく。巨大なベッドの上にいて、見渡すと部屋も随分と広いし、何より大きな窓からは空が見える。 「……な、に?」  自分の目に映るものが、何もかも信じられない。沢山並んだ枕、綺麗に洗濯されたシーツ、広い部屋の巨大な窓。そこから見えるのはほとんどが空だ。  手元に自分のスマホがあったので、和美は迷わず手にした。 「昼過ぎてる……って、月曜?」  ディスプレイに表示された時刻に驚いたけれど、それよりも、日付けを見て血の気が引いた。 「え?月曜?今日が月曜?」  困ったことに記憶が無い。  体感では、寝坊したぐらいだったので、日曜の昼過ぎぐらいに思っていた。 「ここどこだよ、もう授業間に合わない」  頭を抱えこんで、今度は自分の格好に気がついた。 「なに、これ?服きてないし…俺、何した?」  両腕を見れば、赤だか紫だか分からないような痕が無数にあった。服は愚か下着さえ身につけていなくて、見える範囲で太腿も、腕同様に痕がある。だからといって、身体はとても清潔だ。汗ばんでいる様子もない。 「俺とナニした」  背後から声がして、後ろに誰かが腰掛けた。腕が回ってきて、後ろに抱きしめられる。 「…………っ」  頭が後ろに傾いて、相手の顔が見えた。朧気な記憶にある、土曜の夜に水しぶきをかけたと言ってきた、男の顔に似ている。 「ヒートの間の記憶がねーのかよ」  そんなことを耳元で言われ、和美は顔に熱が集まった。言われて記憶をたどれば、確かにこの男の顔を見た辺りから記憶があやふやだ。暗い雨の夜だったはずなのに、なぜかこの男の顔はしっかりと記憶にある。 「腹減ってるだろ?飯食えよ」  荒城が裸のままの和美を抱き抱えようとしたので、和美は慌てて抵抗した。 「服、服きてないっ」  いくらなんでも裸のままで食事をする習慣はない。 「ほらよ」  荒城が紙袋を和美に渡してきた。中には服が入っていた。 「なに、これ?俺の服は?」  中身を見て、和美があからさまに怪訝な顔をした。 「水かけて汚しちまったから、代わりだよ。お前のは今クリーニングに出してある」  荒城にそんなことを言われて、和美は何となくは理解した。だが、量販店で買ったような服をホテルのクリーニングに出されただなんて、逆に恥ずかしいものだ。  仕方なく、紙袋の中に入っていた物を一式着て、和美は荒城の待つテーブルに向かった。気を利かせてベッドから離れてはくれたものの、荒城から着替えをする和美は丸見えだった。なにが悲しくてそんなことを見せなくてはならないのだろうか。 「ぅ……っう」  一歩踏み出した途端、腰と膝に力が入らない事に驚いた。床に手を付きそうになる前に、荒城が和美を抱き抱えていた。 「やっぱり無理だな」  なぜだか楽しそうな声を出して、荒城は和美を抱き抱え、椅子に座った。 「な、なんだよ」  まるで子どもみたいに抱き抱えられて、口元にストローがあてがわれた。 「喉、乾いてるだろ?」  飲まされたのはりんごジュースで、嫌な感じはしなかった。その後も、荒城は和美の口に次々と食べ物を運んでくる。  文句を言うのも面倒なので、和美は黙って咀嚼に専念した。口に入れられた食べ物はどれも美味しくて、食べ物に罪はない。と、和美は自分に言い聞かせた。
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