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「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
昨年と同じく会社の年頭式典はzoomで開催されている。画面の中で社長が深々と頭を下げる。
社長からは見えてないと分かっているけど私も何となく頭を下げた。
全国の社員が一斉に自社サーバにアクセスしたせいでネットワークに負荷がかかり、時々社長がフリーズする。
七三分けの黒縁眼鏡の小太りの男性が、半目で何か喋りたそうな顔で止まったまま、二分はたつだろうか。
おいおい、新春変顔大会かよ!
吹き出してしまいそうになって、作業帽子を深くかぶり直し、マスクに潜り込んでニヤケタ顔を隠した。
お堅い音声とほぼ静止画の不細工な社長を見つめていただけで年頭式典は終わった。
仕事始めは毎年憂鬱だ。
世の中のほとんどの人は、立場なんて何も関係なく同じ気分だろう。ダラダラしていた正月休みのせいでダルいし、食べ過ぎで体は重たいし、字なんて書かないからペンを持つ手も動かないし、パソコンなんてネット見るだけで、文字入力なんてしないからタッチも遅くなってるし、などなど憂鬱の理由なんて腐るほどある。
私には増して憂鬱な事がある。
私の働いている工場には約百人が勤務している。しかし私の所属する部門は六人だけしかいない。六人で新年の挨拶をした後に工場内を歩くと、出会う工場員出会う工場員に「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と言われる。
相手方は九十人位が所属する巨大な部署なので、私に挨拶しても二回目位だと思う。
九十人から個別に挨拶される私の身にもなってほしい。仕事どころじゃない。
親密さから発せられる丁寧な新年の挨拶はとても有難いが、何十回もそれに返し続けなければいけない私にとっては、申し訳ないが疎ましい。
いっそのこと、全社的に新年の挨拶を禁止にしてもらえないだろうかと毎年切に願っていたが、今年の私はちょっと違う。
『「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」をどこまで崩して言えるかチャレンジ』を実行する。昨夜、コタツにあたりながら見ていたお笑い番組を参考にしたのだが、想像しただけで一人で大爆笑だった。仕事始めが楽しみになった。
最初の犠牲者とも言える工場員を見つけた。例年なら物陰に隠れるが、今年は嬉々として擦り寄って行く。年下で躾の良い彼から挨拶をしてくれる。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あけましておざす。こともしくねがます」
下げていたアタマをあげて、マスクで隠れる口よりも目を意識して微笑む。相手の表情を伺ったが特に変化はない。うっしゃ! 成功!! 少し崩しすぎた感じがしたが、マスクのモゴモゴのお陰でバレていない。この調子だ。それにスリリングで堪らない。ハラハラが楽しい。
挨拶を何人かに繰り返す間に「あけしてうしゃしゃーい。ことっしゃっしゃしゃーい」に落ち着いた。とても言い易いし、時短にもなる。
こんなことなら一年目から適当にやればよかった。何年も苛まれていた挨拶への手間と、悩んだ時間が勿体無く馬鹿馬鹿しい。
新年初日の仕事も滞りなく終わりかけていた。コピーをしていると、朝からずっと会いたいと思っていた女性がこちらに近づいて来る。
悪口、仲間抜かし、マウンティング、揉め事が大好きな彼女には取って置きの新年の挨拶を考えてきてある。
私は彼女の前に立ち塞がって、モゴモゴと新年の挨拶をした。
「え? 今何て?」
彼女は驚いた目をしている。
「年頭挨拶だよ」
私は軽い口調で笑いながら言う。
「ああ、よろしくお願いします。ウゼ」
彼女は目も合わさずに面倒くさそうに言いながら、私の前を通り過ぎた。
「本当によろしくやって良いのかな」とコピー用紙を補充しながら私はイタズラっぽく呟いた。
彼女には「あけましておめでとうございます。ことしもよろしくおねがします」とたった五文字を言っただけなのだから。
完
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