優風とキヒロの家・庭

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優風とキヒロの家・庭

 刹那と永遠は、優風とキヒロの後について庭へと向かった。実は、この家の近くに来たときから不可解な気配を感じていたのだ。庭に行くとその気配が一層強まった。 「姉さん、あれ」  永遠も気付いたようだ、庭の一角に雪が積もっていて…… 「初めは誰かのイタズラかと思った、かき氷器で削った氷をまいたんじゃないかって。  でも、溶けないの。手で触った部分は溶けるのに、陽が当たっても溶けない」 「それに夜になると雪が降るんだ。この部分だけ、晴れていても空中から雪が湧き出て降り積もる」 「だから、せっちゃんたちに来てもらったの」  優風とキヒロは、ある事件で刹那と永遠の異能力を目の当たりにしている。そのため今回の怪異についても刹那たちを頼ってくれたのだ。 「ギィ」  足下から刹那を気遣う鳴き声がした。 「だいじょうぶよ、ザッキー」  彼女の足下には猿に似た異形のものが居る。彼は刹那の式神、座敷童子(ざしきわらし)の『ザッキー』だ。異能力を持つ刹那と永遠には視えるし声も聞こえるが、優風とキヒロは彼の存在を認識できない。  永遠とザッキーが気にしているのは雪そのものではない、降り積もる雪の中に立つ女の子だ。 「せっちゃん、永遠ちゃん、雪以外に何か視える?」  刹那は視えている女の子のことを伝えた。 「年齢は五、六歳くらいだと思います。やせていて薄着です、それに……」  そこで刹那は言い淀んだ、これから子供が生まれる優風とキヒロには聞かせたくない。 「どうしたの?」  不安げに優風が尋ねた。刹那にうなずいて、永遠が口を開く。 「女の子の顔に(あざ)があります……」 「痣……?」 「たぶん、虐待されていたんです」  刹那の言葉に優風は眼を見張り、キヒロは眉間に(しわ)を寄せた。 「どういうこと?」 「詳しくは、本人に聞いてみます」  刹那は女の子に近づいて行った。ザッキーと永遠も一緒に付いて来る。 「寒いでしょ、お家に入らないの?」  刹那は優しく女の子に話しかけた。しかし、彼女は反応を示さず、降り積もる雪の中に(たたず)んでいる。 「風邪引いちゃうよ、お家に入ろう」  やはり反応が無い。霊の反応が遅いことは良くあるので、刹那は適度な間を取りながら女の子に話しかけ続けた。  ダメ……おかあちゃんが……おこってる……  一五分ほど声をかけ続け、やっと女の子は口を開いた。 「どうして怒っているの?」  答えてくれるまで、刹那は辛抱強く間を充分に開けながら質問を繰り返した。  わからない…… 「でも、怒られるのね」  刹那が優しく言うと女の子はうなづいた。今度の反応は早い。刹那の気持ちが伝わり、女の子とのコミュニケーションがスムーズになったのだ。 「つらくて悲しいんだね……」  刹那はそう言うと女の子を抱きしめた。いや、抱きしめようとした。霊体を抱きしめられないのは解っている。しかし、彼女にはそれが必要だと思い、刹那はあえて抱きしめようとしたのだ。 「ごめんね、暖めてあげられなくて」  しゃがんで女の子を見つめる刹那の頬に、涙が伝う。 「オン・ソリヤ・ハラバヤ・ソワカ」  永遠が日光菩薩の真言を唱えた。暖かな光が刹那と女の子を包む。  おかあちゃんは……あたしが……わるいこだから……おこるんでしょ…… 「そんなことない、あなたは良い子だよ、お姉ちゃんには解る……  だから、もう暖かいところへ行こう」  でも……おかあちゃんが…… 「だいじょうぶ、もう怒られないから、安心して」  ほんとう……? 「本当だよ。お母ちゃんは、もうここには居ないの」  え……? 「さみしいよね。だけど、怒られることも、ぶたれることも、もう無いの。  痛い思いも、寒い思いも、そしてひもじい思いも、しなくて良いんだよ」  ……………………………  女の子は呆然と刹那を見つめた。 「もう辛いことは何も無いから、だから暖かいところへ行こう」  あたし……しんじゃったの……?  刹那は一瞬ためらったが、ハッキリとうなずいた。   あたし……しんじゃったんだ……  女の子は、少し悲しそうに項垂(うなだ)れた。 「ごめんね、助けられなくて」  女の子は首を左右に振った。  いまは、あたたかい…… 「ザッキー、この子を導いてあげられる?」  座敷童子はコクンとうなずき、女の子の手を取った。式神の彼は、霊体にも触れることが出来る。 「ギィ」  と彼は優しく鳴いた。誰かと手を繋ぐのは、いや誰かに触れるのは何年ぶりなのだろう、女の子はハッキリと微笑んだ。刹那は、ザッキーの温もりが少しでも彼女に伝わっていることを願った。  おねえちゃん……ありがとう……  そう言うと、女の子の姿が薄くなり始めた。 「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ  オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ  オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ……」  永遠が慈しむように地蔵菩薩真言を繰り返し唱えた。地蔵菩薩は、(さい)の河原で鬼に苦しめられる子供たちを救い、極楽浄土へと導くとされる。女の子の魂が天国へ行けるようにと祈っているのだ。  やがて女の子の姿は完全に消え、積もっていた雪も瞬く間に溶けた。そこにはザッキーだけが残っている。 「ザッキー、永遠、ありがとう」  座敷童子はギィと誇らしげに声を上げ、永遠は静かにうなずいた。 「終わったの?」  ためらいがちに優風が尋ねた。 「はい、女の子はいなくなりました」  刹那は『成仏』という言葉を使わない、実際にどうなったかは判らないからだ。女の子が成仏して、天国へ行って欲しいとは願っている。しかし、消えた人たちがどうなるか刹那は知らない。だから、この質問にはいつも「いなくなった」と答えている。 「もう、ここにだけ雪が降り積もることはないと思います」 「どうして、こんなことが起きたんだ?」  キヒロの質問に刹那は首を振った。 「あたしにも根本的な原因は判りません。  ただ、ここにいた女の子が雪を降らせていたのは間違いないでしょう」 「さっき、女の子は虐待されていたって言ったけど……」 「恐らく、母親に暴力を振るわれて表に出されていたんです、雪の降る日に」 「それで亡くなったのか……」  痛ましげにキヒロは顔を歪めた。 「直接それが原因かは判りません。ただ、彼女にとって心に強く残っていたのでしょう」 「ここに住む前に、何度も下見や改装の経過を見に来たけど、一度もここに雪が積もっていなかった。どうして今になって雪が降り積もったの?」 「これも予想ですが、優風さんが妊娠したからじゃないでしょうか。あの子は母親を求めていたんです、優しくて暖かい母親を」 「そう……」  優風は悲しげにうつむいた。 「それに優風さんの……」  途中で刹那は言葉を止めた。 「アタシがどうしたの?」 「いえ……優しいお母さんに思えたからじゃないでしょうか」 「アタシが……」  刹那は優風とキヒロに微笑みかけた。 「二人とも、優しくて素敵なお母さんとお父さんになってくださいね」  優風とキヒロはお互いに見つめ合い、力強くうなずいた。
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