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大声を出したり、ここから出たら継母に叱られる、そう思った。
きっとさっきよりもっとキツくお尻をつねられる。
さむい。
私は団子虫のように体を丸めた。
「わたしはわたしはだんごむし〜」
NHKのみんなの歌で流れている曲を口ずさんだ。
当時の私のお気に入りだった。
気に入っていた理由は歌の中に出てくる団子虫のお母さんが、最後水に溺れて死んでしまうからだ。
私は団子虫の歌を歌い続けた。
そしていつの間にか眠り込んでしまった。
臭覚によって私は眠りから呼び覚まされた。
私の好きな金木犀の甘い香りだった。
私は柔らかく温かい物で包まれていた。
その上から抱きしめられいて、私を包むその体温と鼓動が伝わってきた。
何かがとてつもなく懐かしい。
ずっと昔、私はそれを知っていたような気がする。
規則正しい鼓動の音を私はこんな風に眠りながら聞いていた。
ああ、それはきっとお母さんのお腹の中だ。
暗くて温かくて安らげるお母さんのお腹の中。
それがある日、私は突然外へと押し出されたのだ。
私の試練が始まった瞬間だった。
思い出した。
私は生まれてしばらくの間ずっと、お母さんのお腹の中に帰りたいと思っていた。
だからいつもお母さんのお腹に耳を当て、その音を聞きながら寝ていた。
お母さんのお腹はキュルルッとか、ギュルンとか変な音を立てていたけど、その音が私には懐かしてく仕方がなかった。
私はいつかお母さんのお腹の中に帰れるのだと信じていた。
今はちょっとお外の世界に出されているだけなのだと。
自分では分からないが何か悪いことをしてしまって、そのお仕置きで今、外にいるのだ。
本気でそう思っていた。
だからいい子にしていないといけない。
でないとお母さんのお腹の中に帰れなくなってしまう。
そう信じて毎日いい子でいたのに、ある日お母さんのお腹は私の前から消えてしまった。
それから間もなく、別のお腹がやってきた。
お父さんはそのお腹の持ち主を『おかあさん』と呼びなさいと言った。
私は素直にそれに従った。
でも私は知っていた、このお腹は“私のお腹”ではない。
私は帰る場所を失ってしまった。
私は三歳にして絶望を味わった。
絶望、喪失、挫折、敗北、断念。
それらは今日までの私の人生を表す言葉。
納戸で温かい闇に包まれた私は、帰りたくて仕方なかったお母さんのお腹に戻ってこれたような気がして嬉しかった。
嬉しくて嬉しくてすすり泣いた。
“私のお腹”がなくなってから、ずっと独りで心細かったのだ。
このままずっとこうしていたい。
私は生まれて初めて幸福感をいうものを味わった。
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