勇者が魔王を倒す時、もう一度その唇に触れる

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 再度そう決意し、目の前の扉を見る。人が通るにはあまりに大きすぎる、鬼が向かい合っている異様な模様の扉。そこから多大な魔力が漏出し、空気がヒリつき身体が強ばる。  ここに魔王がいることは間違いない。武器をぐっと構え直し、勇者は力強く扉を開いた。  そこは広々とした玉座の間だった。しかし敵の姿も、魔王の姿も見当たらない。  何かがおかしい。勇者は警戒心を強めたまま眉を顰める。ここまで侵入されて敵が一人も襲ってこないのは変だ。  怪しいのは玉座とは別に広間の奥に置かれた不自然な棺。全面ガラスの素材でできており、中が白い花で埋め尽くされているのだけ見える。勇者は恐る恐る棺に近づいて覗き込んだ。 「女……?」  そこには美しい少女が白い花に囲まれ眠っていた。雪のように白い肌におりる長い睫毛に林檎のような赤い唇、黒いふわふわのショートボブで青と黄色のウエストラインの気品あるドレスを着ている。勇者はあまりの少女の美しさに圧倒されながら見つめる。しかし頭の片隅では様々な疑問が浮かんでいた。  なぜこんな少女が魔王城で、さらに棺の中にいるのか。それに棺からでる魔力量。まるで魔王のような――…… 「嘘! この女の人、白雪姫様じゃない!?」  驚愕する声にはっと振り返ると、ヒーラーと魔術師が同じように棺を覗き込んで驚いたような表情をしていた。しかしまるで少女を知っているかのようなヒーラーの口ぶりに勇者は眉を顰めた。 「誰だ?」 「この国の王女、白雪姫様です。しかし三年前に病でお亡くなりになられて……」  魔術師は神妙な面持ちで再度棺を見つめた。しかし勇者は説明を聞いてもピンとこなかった。  そもそも勇者には一年より前の記憶はない。  一年前、自分が誰なのかわからず森を彷徨っていたところをシスターに拾われたのだ。それから教会に住み、雑用をしながら教会に来る人の悩みを聞いたり解決したりしていた。その甲斐あってか信者は増え、今ではシスターを中心とした大きな教団ができた。  そこでシスターは勇者に信者からの集金という大切な仕事も任せてくれるようになった。料金が高いだとかなんとか信者に文句を言われた時もあったが、シスターが喜んでくれたし、勇者はそれで嬉しかった。  そうして平和に暮らしている中、王から勇者抜擢の書状が届いたのだ。  だから一年しか記憶のない勇者に、三年前に死んだ王女の存在など知るわけもない。  シスターのためにも早く平和を取り戻さなくてはいけないのに、魔王はおらず、なぜかいるのは三年前に死んだという王女。何がどうなっているのか。
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