勇者が魔王を倒す時、もう一度その唇に触れる

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「勇者?」 「大丈夫ですか?」  少女と唇を重ねてから少し間があり、二人は心配そうに勇者に声をかける。しかし勇者は答えず、ゆっくり立ち上がり振り向き際に手で空を切った。  その一瞬、彼らの首は宙に舞った。体から噴水のように飛び出る血で床を汚しながら、その肉塊は力を失い倒れこむ。  その様子を勇者は冷めた相貌で見つめていた。 「……魔王様。よくぞご無事で」  呼ばれて見やると七人の小人達は敬うように首を垂れていた。その光景に勇者は、笑みを浮かべる。 「ご苦労だったな、小人達よ。労いたいところだが、その死体を片付けてくれるか? こいつが目覚めると、またうるさく言われちまう」 「かしこまりました」  そう答えると小人達は仲間であった死体をせっせと広間の外に運んだ。その姿を目で追った後、勇者は棺の少女に目を向け、棺の縁に座り少女の頬を撫でる。その時、少女の目が薄っすらと開いた。 「ん……」 「目覚めたか」  目覚めた少女に勇者は笑みを浮かべた。黒曜石のような瞳に自分の姿が映し出される。短髪だった黒い髪は腰にまで伸び、額からは二本の角が飛び出ている。その姿はまるで魔王だ。  勇者の、いや魔王の姿を捉えた少女はゆっくりと起き上がり、魔王を見上げた。 「……うまくいったんだ。どうだった? 人の国は」 「どうもこうも、やはり腐ってやがる。信者から金を貪る教会やら金で女を侍らすクズ貴族、地獄のような国民の生活に見向きもしない国王。どこもかしこも終わってやがった。腐った人間ばかりだ」  魔王は膝に頬杖をつき怒りで顔を歪ませた。  今ならわかる。自分があのシスターに利用されて、金を巻き上げさせられていたのだと。善意の顔をした悪魔。今では顔を思い出すだけで吐き気がする。  旅路で見てきた人々の暮らしだって、魔王のせいではない。意味もなく民から高い税を徴収するからだ。それを王は魔王のせいだと嘘を広め、隠れ蓑にした。どこまでも人間というのは腐っている。  すると、少女は棺から出て同じように魔王の隣に座った。 「あなただって元人間じゃない。『桃太郎』」  そう呼ばれ一瞬目を開いて驚いたものの、懐かしさでふっと笑みを浮かべた。 「どこのジジババがつけた名前だ、それは。そんな名前、当の昔に忘れた」  懐かしい名前だ。今は魔王と呼ばれているが、かつては老夫婦に拾われ桃太郎と呼ばれていた。しかしそれはこの争いを始めた時に、もう捨てたのだ。  少女は魔王の答えに悲しげに顔を歪ませた。 「どうしてそんなひどいことが言えるの?」 「じゃあ俺もお前のことをこう呼ぼうか? 赤ずきんのばあさんを喰らった『狼』ってな」  魔王の言葉に少女の身体がピクリとはねた。 「その白雪姫の姿も喰らった結果、なんだろ?」  魔王は横目で少女に、いや狼に目を向けた。   『喰らった人の姿と力を得る狼』  狼が持つ固有の力。  唇を合わせることでその相手を殺し、相手の姿と力を得ることができる。  その不思議な力を使って魔王は人間の姿を得たのだ。  カボチャを馬車に変える妖精の協力で、狼の『相手の力を得る』部分のみ発動するよう調節し、魔王の力を狼に移した。力を奪われれば元人間である魔王は人間になれる。  その弊害で記憶も失うが、問題はない。仲間である魔法の鏡に魔王を勇者に選ぶよう差し向け、後は城に行って力に耐え切れず眠ったままになっている狼から力と記憶を取り戻せばいい。  すべては人間たちの内情を知るため。計画通りだった。
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