勇者が魔王を倒す時、もう一度その唇に触れる

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 すると肩に温かいものが触れ、驚いてその方向を見やった。 「……あなたが思うほど、人は悪いものばかりじゃないよ」    甘えるように凭れかかってきた狼にドキリとしたのは一瞬。狼の言葉に眉を顰めた。  出会った時からそうだった。狼は魔王が人間を憎むことを悲しむ。  しかし魔王はそれが不快だった。   「お前は俺以上に人間の醜さを見てきたはずだろう」  狼と過ごす中、その過去を聞いた。これまで赤ずきんのおばあさん、シンデレラ、白雪姫を喰らったと。けれどそれは狼が望んだことではない。  ある者は森に追いやられ病と孤独に苦しみ、ある者は家族からのいじめに耐え切れず、ある者は命を狙われ恐ろしいと嘆いた。  その苦しみに耐えきれず、彼女らは狼に自分を殺してくれと望んだのだ。  けれど狼は喰らった者の姿を得る。そうなれば、その人生を、彼女たちが受けた苦しみを代わりに請け負うことになったはずだ。狼ほど人間の醜さに、身勝手さに触れたものはいない。それなのに、なぜ人間を庇うのか魔王には理解できなかった。  しかし魔王の言葉に狼はゆっくりと首を振った。 「……それでも、人は優しいって知ってるからだよ」  その言葉に魔王は眉を顰めた。しばらく一緒にいるが、この考え方だけはどうしても一致はしないようだ。  それでもそばに置いたのは――……  そこまで考え魔王は目を瞑り、首を振った。今はそんなことを考えている時ではない。魔王はぐっと決意をするように拳を握った。 「それでも俺はこの争いに勝ち、必ずこの世界を新しく作り変えてみせる」  この世界では、魔物は人間に淘汰されている。  異物排除として魔物を狩り、また人間の道具の材料を得るためだけに狩られ続けた。そんな魔物だからこそ、他者を利用し苦しませるようなことはしないはずだ。だから、この争いに勝てば、きっと誰も犠牲にならなくていい、そんな世界が作れる。  生かしてくれた仲間に報いるためにも、必ずこの争いに勝ってみせる。
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