勇者が魔王を倒す時、もう一度その唇に触れる

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 そう決意をしていると、ふと凭れかかっている狼の唇に目がいった。  そういえば、人間の姿を得るためお互いの唇を合わせる必要があったのだが、狼は恥ずかしいと抵抗していたので、無理やりしたのだったか。魔法使いの調整がない今、もしここで唇を合わせると魔王は死に、狼に喰われてしまう。そう思った時、唐突にある考えが浮かんだ。 「……俺が志半ばで死んだとき、お前が俺を喰らえ」  その時、狼が驚いたような表情で魔王を見上げた。 「なんで、そんな……」 「これはお前にしか頼めないことだ。お前にしか……」  狼が魔王を喰らえば、たとえ誰かに討たれたとしても復活したとして仲間への希望になるはずだ。しかし狼は泣きそうな顔をして首を振るばかりだった。 「私を、置いていかないでよッ!」 「置いていかねぇよ。お前が喰らえば、そしてお前が俺の意思を継げば、俺は生き返ったも同然だ」 「……ッ」 「安心しろ。死ぬつもりはないぜ。だから、その唇にもう一度触れるのはまだ先になるかもしれないな。白雪姫は美人だから残念だぜ」  そう言って揶揄うように笑ったが、狼は俯き涙を流し続けた。その様子を魔王は悲しげに見つめる。  酷なことを言っているのはわかっている。今まで孤独だった狼に魔王はやっとできた仲間のはずだ。それを自分は喰らえと言って、また独りにさせようとしている。  人の醜さも愚かさも知りながら、それでも人を信じる馬鹿な狼。そんな馬鹿だから、一人にできなくて、そばに置いてしまったのだ。  本当は、本来の狼の姿を見てみたいと、そう思っていることは秘密にして。  
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