永遠の愛を君に注ぐ ─リラとタクの場合─

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**  日本屈指の大学病院に勤める救命救急医のタクが、生涯忘れられなくなる患者と出会ったのは、それから少し後のことだ。  都内の飲食店で起きたガス爆発。その煽りを喰らい、腹に大きなガラス片が突き刺さった老年の男がタクの勤める救命救急センターに搬送されてきた。ストレッチャーに乗せられた患者はタクの手を掴んでこう懇願をした。 「頼む、手術はしないでくれ。このまま俺を逝かせてくれ」 「治らない怪我ではありません。僕が必ず治します。気持ちは分かりますが、どうか落ち着いて」 「違う、俺は、どうせ病気で永くないんだ。今ならあの子に、病気のことを黙ったまま逝ける。頼む、頼むから……」  絞り出すような本気の声だ。男の意志は固かった。患者に殺してくれと頼まれたのは初めてのことだった。 「どんな事情があろうと、助かる命を見殺しになどできません」 「頼む……!」  男の手にいっそう力が入った。小太りで白髪混じりの、どこにでもいる平凡な男だった。 「結婚するんだ。もうすぐ、あの子は幸せになれる。あ、優しい子なんだ、俺も一緒に暮らそうって、そういって聞かない。でもだめだ。俺は、あの子の負担になっちゃいけねぇんだ。贅沢なんか、ひとつもさせてやれなかった。残せるものも、何もない。だからせめて、なぁ、頼む!」  頼む、頼むと繰り返す男の意志にタクはしばし言葉を失った。その時、 「叔父さん!」  スイーツショップ • ハピネスの制服をまとった女が廊下を慌ただしく駆けてきた。  それはあの日リラと公園で出会った娘、カナだった。タクは一度に多くのことを理解した。
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