永遠の愛を君に注ぐ ─リラとタクの場合─

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 手術の翌々日。意識を取り戻した男──戸田アツムは、白いベッドの上でうつろに宙を見つめながら、回診に訪れたタクにこう毒づいた。 「どうして俺を助けた。なんで、約束を守ってくれなかった……」  戸田の目尻には涙が浮かんでいた。タクは助けた命に感謝をされても、否定されたことなどなかった。 「僕は医者です。どんな理由であれ、今ここで助かる命を見捨てることなどできない。戸田さんの病気は、僕が引き受けます。カナさんには本当のことを話すべきだと、僕は思います。もちろん言うか言わないかは、戸田さんの意思ですが……。命ある限り、僕は戸田さんにつきあいます。それが死にたいと言った命を助けた僕の義務です」  真っ直ぐに見つめ返すと、戸田はしばし言葉をなくしていたが、やがてぽつりと呟いた。 「……俺ぁ今まで、医者なんか、ロクなもんじゃねえと思ってた。けど、あんた立派だな。俺よりずうっと若えのに、医者ってぇのは、立派なもんだ……」  何かを諦め、また決意するように目をそらした戸田の口もとはわずかに笑んでいた。  タクはギリリと奥歯を噛み締めた。開腹して分かったことだが、戸田の体は膵臓を中心にあちこちに癌が転移していた。手遅れだった。  この命は救えない。救えないのだ。それでも、逃げるわけにはいかなかった。  戸田は結局、カナに病気のことを伝えることに決めた。  泣き崩れるカナを、見舞いにきたリラと共に慰めた。  一縷の望みをかけて抗がん剤を用いた。定期的に測る腫瘍マーカーの結果に、皆で一喜一憂をした。  戸田はつらい治療によく耐えた。  それは医者でさえ目を背けたくなるほど壮絶な闘病の日々だった。  明日はカナの結婚式という日の晩、戸田の体温が33℃を示した。タクは覚悟をした。しかし戸田は負けなかった。  戸田は、一度は自ら手放しかけた命を懸命に繋ごうと、心と体を蘇らせ続けた。  戦って、戦って、戦い抜いた。  そうして、確かな奇跡を積み重ねていった。
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