14人が本棚に入れています
本棚に追加
**
「あ……雪」
窓の外に粉雪が舞っている。
キラキラと目を輝かせる恋人の姿に、帰宅したタクは目を細めた。
「タク? どうかした?」
振り向いてキョトンとする無邪気さに胸が痛んだ。言わなくてはならない。それが苦しかった。
「きょう」
「なに?」
「今日、戸田さんが死んだ」
「……あ……」
優しい眉が悲しく下がる。今にも泣き出しそうな表情にまた胸が痛んだ。
「結局、俺は」
「タク」
「俺は結局、何もできなかった。手を尽くしたが戸田さんは死んだ。俺はただいたずらに、苦しみと痛みを長引かせただけじゃなかったのか? 俺のしたことに、意味なんかあったのか?」
違う、リラに掛けたいのはこんな言葉じゃない。甘えたくなどないのに、心に詰めていた本音ばかりがこぼれ落ちた。けれど、
「……あったに決まってるじゃない!」
強い瞳が、思いがけなくタクを見上げた。
「だって見せられたのでしょう? カナさんの花嫁姿を。どんなに短い間だって、戸田さんはカナさんと、たくさんのお話をできたのでしょう?」
「……」
最期のとき、病室に駆けつけてきたカナを戸田は見つめた。声はもう出なくとも、その瞳がすべての思いを語っていた。
幸せに。永遠に、幸せにと。
「ねえタク。大切な人を突然に亡くすって、病気で亡くすよりもずっとつらいんだよ。カナさんは、カナさんのために、一日も永く生きることが、戸田さんの希望だったよ。タクのしてきたことは無意味じゃない。無意味なんかじゃない!」
顔をくしゃくしゃにして泣くのを堪えるリラに、霊安室の前で告げられたカナの言葉が重なった。
『あの事故の時、叔父を助けて下さりありがとうございました。叔父がもう助からない病気だと知って、悲しかった……けど、私は叔父のために、精一杯のことをしたのだって……納得することが、できました。こんなに、こんなに悲しいのに、明日もまたちゃんと生きていこうって、私、思うことができるんですよ。先生のおかげです。ありがとうございました』
最初のコメントを投稿しよう!