夜のカフェ

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苛々の虫はそこかしこで待ち受けている 不平等、不公平、不親切、理不尽、退屈な日常、認められないもどかしさ、愛する人の心変わり、暴力、数え上げれば切りがない そうした辛苦に対して私達は怒る事ができる 正当で溌剌とした怒りをもってアイデンティティを保つ事ができる アル中の男が若い給仕を小突くのを見た 女が幼子の腕を手荒く引き据えヒステリックに怒鳴り散らすのを見た 老いた父母を残して都会へ越した兄は、気まぐれに帰ってくるなり「まるでゴミ溜めみたいだな」と吐き捨てて帰っていった 私たちには怒る権利がある 怒るということは、立ち位置を明確にするということである そして怒るということは、立ち位置を明確にするが故に、その資質を問われるということである 私は怒る時、果たして私は怒るに値する人間なのだろうかと問う この自傷めいた煩悶は意識するとせざるとに関わらず、外に向けたのと同じ強さで内向きのベクトルとして私を苛む どのような人間であれ自身の深層に狂気を内在しているのだということを私達は普段意識しない 憎悪する男の顔が鼻先にあっても気付かないほどの暗闇 闇の中に容器がひとつ設えてある 大人が横たわれる程の巨大な透明の箱に、毒が湛えられている 透明な液体はどっしりと静物のように動かない ヒタッ、、、どこからか水滴の落ちる音、音は忘れかけた頃にヒタと水面を乱したっぷり時間をかけて水嵩を増していく 毒を湛えた器がすぐ目の前にあるのだという事にあなたは気づいていない 不用意に触れて一筋でも零れ落ちてしまえば、後は一気呵成に溢れるばかり、果たしてそうなれば"よくないこと"が起こる これは悪い予兆なのだと直感が告げている そう感じた瞬間には、液体はすでに溢れんばかりに張り詰めている 身を強張らせ固唾をのんで暗闇に目を凝らす ヒタッ、、、 夜のカフェは臆病と癇癪の吹き溜まりだった、鬱積する不平不満が澱のように漂い、アルコールで浮いたり沈んだりしながら、裏拍の静寂では沈殿した 誰ひとりとして自分自身をマシだとは思っていないかった、彼等は誰よりも自分自身を嫌悪していたのだった エゴイスティックな人間は怒ることを躊躇わない 「バカどもをもっと怒鳴れ」と重圧をかける 私はそんなことはしないしないから貧乏なのだ テーブルの一画では若者達が熱を帯び、ビジネスマンの顔は真っ赤、ピアノは孤高な鷹の物語を奏でているwannabe! wannabe! wannabe! 私はいつまでもこんなところに居てはいけないのだ 怒りは真摯であるべきだと思う その発露一つ一つが誠の自分を削りだす鑿であるべきだと思う 私はいつまでもこんなところに居てはいけないのだ 私はいつまでもこんなところに居てはいけないのだ
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