high jump!!

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 競技開始とともに、選手たちはプログラムに記載された試技順にバーに挑んでゆく。最初は140センチの高さのバーだ。自分の番が来るまでの間、俺は座った状態で脚を小刻みに揺すりながら、身体が冷えないように注意を払っていた。 「715番」  十何人かの成功と失敗を見届けた後、ついに俺の番がやってきた。いつもなら余裕をもって跳べる高さだが、この日最初の試技のため緊張は否めない。 「行きます」  俺は小さく手を挙げながら宣言して、バーをしっかりと見据えた。 大丈夫。練習は嘘をつかない。俺は跳べる。  一度大きく上体を逸らした後、地面を蹴って助走を開始した。ターン、ターンとリズミカルに、腿を大きく上げて走る。スピードはそれほど無いが、地面から足の裏に着実に伝わる反発力に、自信を深くする。いつも通り、問題はない。  助走の終盤、身体を大きく右に傾け、J字にカーブしながら走る。この「内傾」が大きいほど踏切時の反発力が得られるのだ。転倒せずに曲がり切れるギリギリを狙ってスピードを上げてゆく。バーが一気に近くなるが、ここで慌ててはいけない。勝負は最後の三歩。「ターン、タ、タンッ」のリズムで地面を蹴る!  踏切の瞬間、俺の身体は頭の先から右足の踵まで、一本の棒になる。左手をバーに沿って大きく突き上げながら跳び上がる。イメージはキノコを取るときのマリオだ。俺はマリオになりながら身体を右に捻り、背を逸らし、天を向きながらバーを越える。  重力に逆らって腰が浮き上がり、身体がバーに対してほぼ水平になる。後は簡単だ。顎を引いておへそを見るようにすると、自然と足が跳ね上がりバーをクリアできる。  背中からマットに着地する。審判が白い旗を上げるのが見え、ふう、と一つ息を吐く。俺は最初の高さを一発でクリアした。 「完璧っすね! 師匠!」  高田くんが小声で褒めてくれた。「ありがとう」と簡単に礼を言いながら、俺は確かな手ごたえを感じていた。  今日は好調だ。これなら本当に三位入賞が狙えるかもしれない。 「149番」 「あっ、俺の番だ」  高田くんが立ち上がり、助走位置に向かう。そういえば、と俺は思う。俺は高田くんの跳躍をしっかり見たことは、一度も無かったかもしれない。アドバイスも、本人から「助走が上手くできない」とか「空中姿勢が上手くできない」とかメールが来て、それならばと当り障りのない返事を書いていただけだ。  彼は一体、どんな跳躍をするのだろう。 「行きまーす!」  高田くんはバーに向けて一直線に走り出した。その様はいささか勢い任せに見える。ろくに内傾も作らずに、助走のスピードそのまま、バーに向けて飛び込んだ。ぶつかる! 俺は目を覆いそうになった。  が、次の瞬間、白い旗が上がっていた。高田くんが小さくガッツポーズを作る。  俺は何が起こったのかしばらく理解できなかった。それほど高田くんのジャンプは常軌を逸していた。  勢い任せの助走。雑で乱暴な踏切。腰の曲がった、汚い空中姿勢。それでも高田くんの身体はバーのはるか上を越えていった。  つまるところ、技術など立ち入る余地もない、圧倒的な身体能力の暴力だった。 「いえーい! どうっすか師匠!」 「……うん。良かったと思うよ」  俺は強く唇を噛む。そうでなければ、激しい憎悪の言葉が今にも口から溢れ出してしまいそうだった。  高田くんは大して高跳びの練習をしていない。たった一度の跳躍で、そのことをまざまざと思い知らされた。俺の今までのアドバイスは何だったんだと、すぐにでも問いただしてやりたいような気持ちになる。  そのくせ彼は、俺が喉から手が出そうなほど欲している身体のバネという才能を持っていた。それだけの差で、彼は俺の三年間の努力の全てを否定しようとしている。少なくとも俺はそう感じた。  負けたくない。俺は今までにないほど強くそう思った。  俺の気持ちを知ってか知らずか、高田くんが珍しく好戦的に宣言する。 「さぁ、ここからが本当の勝負っすよ。西本師匠」
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