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小難しい顔をしたおじさんの前でタロットを一枚、一枚広げる。
「うーん、カードの見た感じがあんまり良くないかな。前のやつの方が困難は多いけれど、最終的には絶対いいかも。連立は解消し、解散しましょう」
おじさんは私の言葉に涙を流した。
「恭子先生、ありがとうございます!やっぱりあの党との連立は解消して、衆議院解散し、国民に信を問いたいと思います!」
「あなたの選ぶ茨道はあなたに必要な道です」
おじさんはペコペコと私に頭を下げると、すぐに部屋を出て行った。
あのおじさんは総理大臣だ。
何故だかわからないけれど、おじさんは二年前から当時25歳の私の元に月に一度、通ってくるようになった。
そしておじさんも小さな政党の党首から総理大臣へと大出世を果たした。
おじさんは社会の教科書にも載っていないような重要な相談をしてくる。正直プレッシャーだ。
大きなため息を一つついた。
ザ占い師というような薄暗い照明を普通の明るい照明に切り替え、占い師に見えるストールをとった。
部屋のカーテンを少し開けて外を見ると、おじさんはお付きの人に囲まれ車に乗り込んだ。その様子を撮ろうととカメラのフラッシュがひっきりなしに光る。
おじさんは毎日大変なのだ。
部屋の戸がノックされ、年配のスタッフが顔を出した。
「恭子先生、次のお客さまがお越しです」
「通して下さい」
慌ててまた照明を薄暗くし、ストールを肩にかけた。
数分後、部屋の戸が開き筋肉質な背の高い男性が入ってきた。
「恭子先生、先生の言う通りやっぱりどこの球団からも声が掛からなくて」
男性がしきりに愚痴を言うのを優しく受け止めた。
そしてまたタロットを取り出し、カードを一枚一枚並べる。
「あーすっごくいいカードが出ています。あなたは野球を選手としてやりたいんです。お金はもういいでしょ?独立リーグで頑張ったらどうですか?」
男性は机に顔を伏して泣き出した。
「恭子先生、ありがとうございます!」
「あなたの選ぶ茨道はあなたに必要な道です」
男性は泣きながら何度も私に頭を下げた。
その翌日、ネットニュースであの男性の名前を見た。
「新崎、独立リーグで現役続行へ」
その記事には何百件ものコメントがついていた。男性を侮辱するもの、鼓舞するもの。
どうして他人にここまで熱くなれるかわからないけれど、日本の今日の話題はあの男性のことで持ちきりだった。
私の職業は占い師、専門はタロット占い。と言ってもタロットを勉強したことは一切ない。
数年前、実家の荷物を整理している時に妹が中学生の頃に使っていたタロットカードが出てきた。何気なくそれを持ち帰り、友人にふざけて占いごっこをしたのが始まりだった。
友人は私が言う適当なアドバイスに涙を流し、聞き入れた。
それが評判を呼び、次から次へとお客さんは増えた。
タロットは本来、一枚一枚ちゃんとした意味がある。おまけに逆さになるとまた意味が変わってしまう。
けれど、未だにタロットカードの意味を覚えていない。いつも絵柄のフィーリングで適当なことを言っているのだ。
そんなある日のこと、店のスタッフがニコニコ顔で週刊誌を持ってきた。
「田中首相、連日の占い通い。日本の行く末を決めている黒幕は27歳の女占い師」
椅子ごとひっくり返るかと思った。私が田中首相を初めとした政治経済界の重鎮を操り、日本の将来を決めている真の支配者だと書かれていたからだ。
いや、そんなワケはない。
今までの色んな人たちの数々の相談を思い出す。
でも……そんな訳あるのかな。
けれど、決して私は支配者ではない。
自分は占い師の中でも結構人気があって有名なことは自覚している。けれど紛れもないインチキ占い師だ。
にも関わらず人が次から次へと救いを求めてくる。
馬鹿な私には凄い人達の話なんてわからないから、とりあえず「うん、うん、うん」って聞いてあげる。
そして聞き齧りの適当なアドバイスをする。
最後には「あなたの選ぶ茨道はあなたに必要な道です」とセリフを決める。
そうすると、偉い政治家の先生も、芸能人も、ヤクザさんもみんなほっとした顔で帰るのだ。
結構この仕事を気に入っている。
何だかよくわからないけど、みんなに感謝しされるし、お金も沢山貰える。
きっとみんな一人では苦しい、誰かに相談したいと思ってる。
そんなの家族や友達にすればいいのに、今はできない人が多いみたい。
寂しい世の中だ。
だから私みたいなインチキ占い師にみんな縋りたくなる。
「明日は大物演歌歌手とさわやか党の代表か」
スケジュールを確認すると、予想される相談事の大きさが憂鬱になり、ため息をついた。
専属の車で家まで帰ってきたが、すぐに歩いて外に出た。真冬の夜空はいつも綺麗だ。
自宅近くの河川敷を目指す。
そこにある一つのテントを開けた。
「おじさーん!ビールとお弁当持ってきたよ」
「おっ、恭子ちゃん。いつもすまないね」
このテント村のおじさん達は拾ったテレビや、スマホ、どこからか引いてきた電気を使い割と近代的な暮らしをしている。
「おじさん、今日は鈴木って演歌歌手と爽やか党の代表についてどう思う?」
「歌手は向かいのキタさんの方が詳しいから、後で聞いてきな。爽やか党ってのはな」
おじさんの熱弁をうんうん頷きながら聞いている。すると途中でキタさんや他の仲間たちもテントに集まってきた。手間が省けてちょうどいい。
多めに用意した弁当とビールを配る。
「恭子ちゃんは、何で俺らみたいなのの世間話聞くのが好きなんだ?」
「うん、おじさん達は色んなこと良く知ってて勉強になるし」
「俺らはな社会の最下層にいる人間だ、けどな誰よりも色んなこと知ってんだぜ」
おじさん達はビールを飲みながら赤い顔でまた話を始めた。
「やっぱりな、爽やか党ってのはもっと庶民に寄り添う姿勢を見せるべきだな。消費税を5%に下げるべきだ」
「そうだな、そうしないと今度の選挙で勝てない。このままの長年同じ党が政権を担ってると日本が良くならない」
翌日、爽やか党の代表のおばさんがやってきたのでそれっぽくタロットを掻き回しこう言った。
「何だか良くないカードが出てるの。国民の信用が得られてない。だから取り敢えずはマニフェストとして消費税を5%に下げたらいいと思うよ」
おばさんは涙を流して私の手を握っていた。
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