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逢瀬の一方の人物がアデリナなのだとわかった。御令嬢には結婚を控えた婚約者がいたはず。この国の第二王子ウィルフレッド。つまりこのシチュエーションは、夫婦として結ばれる前の恋人たちの甘いひととき……。
ふと、間近に気配を感じてセシリアは視線をすべらせた。
真横。
長い黒髪を首の後ろで束ねた青年。奇しくもセシリアと同じように身をかがめて視線は前方の逢瀬現場。
城内からガラス越しに漏れる明かりを受けたその横顔には「うわぁ……」という困惑に満ちた表情が浮かんでいた。
「ウィルフレッド殿下……?」
声に出して、青年の名を呼んでしまった。
セシリアに顔を向けてきた青年は、王妃によく似た繊麗な美貌の持ち主。それでいて、夜会用の礼服をまとった肩や背中は広く、引き締まって男性的な体躯をしており、多くの目をひきつけてやまない特徴的な容姿をしている。
見間違えるわけがない。
「殿下はアデリナ様のご婚約者で……、あそこで逢瀬をなさっているのはアデリナ様で……、相手は殿下でなければいけないはず。殿下はいまここにいてはいけないんじゃ……? え、じゃああそこにいるのは誰なんです?」
戸惑いのすべてが声に出てしまった。
いまやセシリアの顔をしっかりと見つめて耳を傾けていた青年はといえば、セシリアが言い終えたところで謎の半笑いを浮かべて頷いてみせた。
「誰なんだろうか。少なくとも私ではない」
「浮気現場」
「そうだな」
答えた声には、笑いが滲んでいるようにも聞こえた。
言われたセシリアはといえば、笑うどころではない。
「踏み込みますか?」
ウィルフレッド第二王子といえば、騎士隊に籍を置いていることでも有名。お飾りではなく、剣技に優れた勇猛果敢な騎士と言われており、儀礼や式典を取り仕切る貴族たちで構成された第一騎士団ではなく、実質的な魔獣討伐隊である第二騎士団所属なのだとか。
たとえ密会現場を見られた二人が抵抗や反撃をしたとしても、恐るるに足りないに実力の持ち主のはず。
ウィルフレッドは、ふむ、と言って遠くに視線をやった。
「現場をおさえてしまえば、醜聞そのものは一気に明るみにできるが、果たしてそれが得策かどうか。恐らく婚約破棄も避けられない。アデリナも軽はずみなことをしてくれたものだ」
伏せた瞼。長いまつ毛。憂いを帯びた端正な横顔にセシリアは見とれかけたが、我に返る。
(ウィルフレッド様は傷心、よね。お美しい婚約者であるアデリナ様の裏切りを目の当たりにして。非はアデリナ様なのだから、感情のままに現場をおさえて責め立てれば、断罪に持ち込むことはできるとしても。殿下ご自身がそれを受け入れられるかどうかは別だわ)
怒るのも責めるのも容易い。ただしその結果、婚約者を失うことになる。それを望むか否か。
さらに、ウィルフレッドは淡々と続けた。
「それと、相手だが……。そのへんの、吹けば飛ぶような若手貴族ならともかく。アデリナが相手にするということは、それなりの見返りが望める相手だろう。思いがけない大物だった場合、ことを公にしてしまえば、派閥形成に大きな変化が出る恐れもある。最悪、開き直っておおっぴらに敵対行動をとられると国政に影響が出る。王家も無傷では済まされない」
「なるほど。そうですね。王族と国内有力貴族の婚約は政略絡みなわけですから、当然そういう展開も考えられますね」
気持ちの問題だけではなく、という説明にセシリアは大きく頷きつつ、納得した。
(非は浮気をした相手にあるというのに、明らかにしてしまえば「浮気をされた側」である殿下にも何かと不利益が……。なんという「され損」)
さぞや悩ましいことだろうと、かける言葉に悩むセシリアの視線の先で、ウィルフレッドはため息とともにぼそりと呟いた。聞き間違いでなければ「面倒くさい」と。
なお、声を絞って話すセシリアとウィルフレッドとほど近い位置で、茂みはがさがさと揺れていて、男女の睦み合う声や音も続行中。
曰く言い難い空気の中、ちらりとウィルフレッドがセシリアに視線をくれた。
「さて。我が婚約者が不貞を働いている件について。扱い方によっては国を揺るがしかねないこの一大事を目撃してしまったあなたは、何者?」
「……え? 私ですか?」
不意の質問を飲み込めず、ぽかんとして聞き返してしまったセシリア。
ウィルフレッドは、にこりと魅力的な笑みを浮かべて頷き、友好的な態度を崩すことなく言った。
「そう、あなただ。この件の扱いが決まるまで、無闇に口外されるわけには行かない。少しの間、拘束させてもらう。逃げるな」
立ち上がろうとした瞬間、ドレスを踏まれてセシリアはバランスを崩す。
転ぶ前に、ウィルフレッドに背中から抱きとめられていた。思いがけない力強さに息が止まりかける。目を見開きながら、いまの会話を頭の中で追いかけた。
(拘束って……。まさか捕まるってこと!? 私が!?)
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