逢瀬を目撃した二人

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 セシリアの祖父が作るはずだった、王子妃殿下の婚礼用の扇。  それは幻に終わったけれど、もしセシリアが願いをこめて作ったら、壊れかけた恋人同士の仲が復活して結婚式で使ってもらうことはできないだろうか。  そんなことはありえないと、わかっている。わかってはいても、婚約者を失うであろうウィルフレッドのことを思うと、何かしたかった。セシリアにできることは、扇を作ることだけだった。  美しいアデリナがウィルフレッドに寄り添う姿を思い浮かべると胸が痛んだが、忘れようとした。 (白鳥扇のようなものをとお望みだったけど、より透明度が高く、無垢な純白を。ご婚礼の衣装はわからないけれど、白をお召しになるはずだから)  白蝶貝を骨組みに、レースと白鳥の羽を合わせる。材料を受け取り、デザインを決めて、セシリアは扇作りに没頭した。レースを編む作業から始めたので時間はいくらあっても足りない。  集中しすぎて灯りを用意されても気づかないような夕刻、二日とあけずに通ってくるウィルフレッドと話すのが習慣となった。そのうちになぜか晩餐をともにすることまであった。  本人曰く、普段は平民混じりの第二騎士団所属で、野営もするので食事の形態にはさほどこだわっていないとのこと。そうは言っても何不自由ない王城にいるときまで、とセシリアは焦って言ったが、 「実は堅苦しいのが苦手なので、ここに逃げてきているんです。哀れと思うなら追い出さないでください」  などと茶目っ気を交えて言われてしまえば、強く反発も出来ない。  そうして幾日かが過ぎ、レース扇の制作にも目処が立った頃。  普段よりも早い昼過ぎに姿を見せたウィルフレッドが、見たこともない神妙な面持ちで「報告しても良いだろうか」と切り出してきた。  これは世間話ではないと悟ったセシリアが道具を片付けようとすると「そのままで」と告げてから、ウィルフレッドは重々しい口調で話し始めた。 「アデリナの件は、婚約破棄ということで決着がついた。浮気の相手は、身内の恥を晒すようなものだが、叔父上だ。アデリナと私が結婚した後、アデリナを使って王城内で何かと策を巡らせるつもりだったらしい。最終的にはアデリナの腹に宿った自分の子が王位につくように」  身動きも出来ないまま、セシリアはその告白を聞いていた。ウィルフレッドの深刻な顔を見る限り、冗談の気配はない。正直、打ち明けられても胃がシクシクと痛くなるだけであった。 「その話、私は秘密としてお墓まで抱えていった方が良いのでしょうか」 「内々に処理をしているので事実は伏せたままだからね。アデリナと私の婚約解消に関しては、アデリナが他国に出奔することを理由として発表する。子どもはその地で生むだろうが、アデリナ自身が育てることはない。叔父上に関してももう二度と変な気を起こさないように監視付きで蟄居となる。実際にはかなり厳しい環境に置かれるはず」 「なんと言って良いものかわかりませんが、陰謀が動き出す前に阻止できたのだとしたら、良かったのでしょう。殿下の婚約に関しては、残念だったと思いますが」 (扇に願いを込めて作っていたけれど、現実はそんなもの。縁を復活させることなんて)  そこまで渋い顔を維持していたウィルフレッドは「それでなんだが」とさらに苦しい声で続けて、胸元のポケットからハンカチに包まれた何かを取り出した。  広げたそこには、親骨に使った黒壇の折れた、見覚えのある扇。  セシリアは、さっと血の気がひくのがわかった。あまりにも無残な姿。 「話し合いの最中に、激高したアデリナがこの扇を振り回して、このような状態に。お祖父様の最後の作品だと聞いていたので、咄嗟に私が拾ってきた。壊す前に止められなくて、すまない。これを君の技術で直すことは可能だろうか」  震える手を伸ばして、破損部分に指で触れる。目を瞑って、扇が受けたであろう痛みを想像してから、セシリアは顔を上げた。 「直します。持ってきてくださってありがとうございます」  ウィルフレッドの表情から強張りが消えた。ほっと吐息して、頷いている。 「良かった。君のことは家に帰すが、近いうちに工房を訪ねようと思う。急ぐ必要はないが、扇の修復もよろしく頼んだ」 「帰れる……」  それを聞いたら、妙に体から力が抜けた。足がふらついたところで、「危ない」とウィルフレッドに腰を抱き寄せられる。柔らかな温もりが伝わってくる。  セシリアが見上げると、まっすぐに見下ろしてきたウィルフレッドが淡く微笑んで言った。 「会いに行くよ。必ず」  * * *
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