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会いたい心を抑えられなかった。
時間も、一ノ瀬さんの都合も、なにも関係なくて、自分の気持ちのまま動く。ただ、会いたかった。それしかなかった。
家を出る時のお守りだった哲也の写真は、もうアルバムの中にしまった。
電車を乗り継いで一ノ瀬さんの住む場所へ行く。
風邪は治ったのだろうか。まだ、仕事だったらどうしよう。
一度、送って行ったから住んでいるマンションは分かる。まだ事務所だったら帰ってくるまで待てばいい。
こんな気持ちが残っていたと言うことに、さらに驚く。
駅を出ると、すぐにマンションが見えた。会いたい気持ちが溢れ出して、私は涙が出る。バッグからスマホを出して、一ノ瀬さんに電話をする。
「もしもし……」
『どこにいる、いま、何処にいるんだ』
私の次の言葉を聞かずに、焦った一ノ瀬さんの声が聞こえる。哲也だけじゃなく、一ノ瀬さんにも心配をかけていた。
「一ノ瀬さん、聞いて欲しいことがあるの」
『体調が悪いとか、怪我をしたとかないのか? 大丈夫なのか?』
「私は大丈夫、元気です」
『どこにいるんだ、どこにいるかを先に言ってくれ』
本当に心配をかけてしまっていたらしい。私には穏やかで、優しい一ノ瀬さんだけど、強い口調になっている。
「一ノ瀬さんのマンションの前にいます」
『……そこを動くな、今すぐに行くから絶対に動くんじゃないぞ』
「はい」
電話は切られることなく、繋がっていた。ガタン、カサカサと電話の向こうで音がする。スマホを置いて着替えているのかもしれない。スマホを耳に当てて、目を閉じて耳を澄ますと、電話の向こうで一ノ瀬さんを感じる。
『桜庭、そこにいるよな』
「います。どこにも行きません」
『……ゆっくり休めたのか?』
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