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「ええ、ゆっくり……ごめんなさい、心配をかけてしまって」
『無事ならそれでいいんだ』
「聞いて欲しいことがあるんです」
『……聞くよ』
一ノ瀬さんは走っているようで、荒い息遣いが聞こえる。
もうすぐ、一ノ瀬さんはあのエレベーターを降りてくる。私を見てどんな顔をするのだろうか。
「私は……あなたを好きになってもいいのでしょうか……?」
人を好きになるのは誰の断りもいらないのに、私が抱えている大きな物が、一ノ瀬さんの負担にならないだろうかと、すんなりと前に出ることができない。
「一ノ瀬さんを……!」
マンションの正面に背を向けていた私に、一ノ瀬さんが後ろから抱きしめた。
「続きを言って」
私は、頷いた。
「一ノ瀬さんがす……」
続きを言ってと言ったその人が、私の口を塞いだ。
唇の感触は温かく柔らかで、一ノ瀬さんは生きているんだと実感することが出来た。
「なんで泣いてる?」
「一ノ瀬さんが温かいから……」
一ノ瀬さんの体温と鼓動。私を安心させてくれるこの二つのもの。
片時も離れたくなくて、一ノ瀬さんを抱きしめる。
「やっと安心した……」
「すみません」
「ここにいてくれるだけでいい、もう黙って何処へも行くな」
「待っててくれたんですね」
「待ってたよ」
一ノ瀬さんは私に、頬ずりして抱きしめた。
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