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 昔から空が怖かった。  それは自分の背丈が大きくなって、いろいろな事を知って。  空が落ちるはずが無い事を理解している”今”も変わらない。  もしも、今。  空へと投げ出されたら等と、妄言を浮かべる位には。  自分はとても、重症らしい。 「変わらず、広すぎる空って言うのは嫌いでね」 「__はぁ」  呆れを含んだ眼差しで、此方を睨む隣人。 「小学生の頃、体育館であおむけになりながら。ドッチボールに勤しむやつらを邪魔しながら考えていた。もし、この瞬間。空に落ちてしまったらどうしようと考えていた」 「随分と暇で、悪質なガキだったんですね。おめでとうございます、博士」 「おめでたくは無いと思うんだけど」  ああ、頭がおめでたいを含んでいるのか。  助手であるこの少女は、片腕ばかりをせっせと動かし今日も書類仕事に事を欠かさない。  僕の成果が記録された紙の束を丁寧に保存し、記憶するのが彼女の仕事だ。  何時の間にやら仕事になった。  雑で多忙な僕の代わりに、几帳面な彼女の仕事は終わらない。 「だから、悪の科学者になったんですか?」 「__どうだろうか。でも、まぁ。怖さが理由なのかもしれない。 "わからない"が"怖い"事を僕は学んだわけだ」 「無駄な高さも、そのせいですね?木偶の坊」 「君の背が低いのは、少なくとも僕のせいでは__」  背の低い隣人は、抗議の声を上げる。  其れに苦笑し、僕は続ける。  僕は、とても悪い科学者である。  何をしでかしたのかを口で形容しがたい程に、僕は罪を犯し続けている。 「僕は、こうして悪い事をしている。  科学の発展には犠牲が必要だというけれどさ。  僕の場合、人よりも死にたくないが強いんだ。他人を犠牲にするのを躊躇わない位にね。  僕は、ありとあらゆる”想定外”が怖くて。”考えない”事が怖いんだ」  例えば、空箱があるとしよう。  その中に何かを詰め込まれた箱は、その物を織り交ぜた意味になる。  クリスマスプレゼントが、プレゼントボックスとなる様に。  僕という器は、僕という情報があって名称となる。  僕はその何かが入っている箱が壊れる事も、それが壊れないようにどうすべきかを考えないのも苦痛だった。  だから、そうならない方法を理解しようとして。  結局のところ。__失敗ばかりを繰り返している。  僕は失敗ばかりを積み上げ、成功を成し遂げていない。  僕の悪さは、人の感情を含まない。  失敗ばかりをしている人間は、それがどのような思いであれ悪である筈だ。 「何時か、この怖さを忘れたいんだけどね」  僕は考えない事が嫌いである故に。  自分の悪を、許せない。 「とても無益な夢ですね。私とは段違いに醜いです」 「そんな君の夢は、どんな夢なんだ?」  君の夢が何であれ。  屁理屈ばかりを連ねて。死ぬことが怖いだけの僕よりはマシだろうと思っていた。 「いつか、あなたが死んだ時。悪い科学者が風化しない様に小説を書こうと思うんです。  科学者(あなた)の悪行を。  何をしたのかを。  悪くて狡賢い科学者は、実は空が嫌いだなんて事を。  ある事ないこと足したり引いたりして、メロンソーダークリーニングって感じにまとめて」 「染色料でも落とすのかな?そんな事したら、見た目ただのソーダーだよね?」  この場合、マジレスは含まない。 「だから、早く私の腕を作ってくれませんか?」 「嫌だね。僕は悪い研究者なんだ。それは良い事だろ?」  良い事は出来ない主義だ。  何せ、彼女曰くの”良い性格”をしている為に。 「私は、貴方の悪行を全部書いて。貴方がとても怖がりなことを書いて。貴方が空へ旅立ってもいい様に出来ますよ。  でも、この腕じゃあどうしようもないですから」 「__それって、僕の代わりに遺書を書いてくれるってことだよね?」 「ええ、遺書です。伝記だとでも勘違いしましたか?100文字にも満たないエキゾチックな詩を書いてあげますよ」  小説家というよりも、作詞家だろう。 「僕は、死にたくないのにな」 「死にませんよ、私が生かします。だから遠慮なく死んでください」    __飼われているのは、どちらだろう? 「誰よりもおめでたい博士は、私が生かしますから」  悪人を追い詰める彼女は、善人ではない。  僕の隣人は、僕よりも極悪非道だ。  __なら。  両手をそろえた彼女に、皮肉を含めたおめでとうを言う事は間違いではない。  
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