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「なら、なんでつきあわないの?」
給湯室でお茶を用意しながら、もっともな指摘を繰り出したのは同期の林みやび。
「向井は同期の中でも出世頭だし顔もいいし性格も問題ないしあんたにベタ惚れだし、拒否する理由なくない? まさかあんたツンデレじゃないからとか本気で言ってるわけじゃないよね!?」
みやびは夏希に向かって大きな目をくわっと見開き、手元に目線を戻すと使い切ったお茶のパッケージを急須の上でトントンと振った。
ツンデレじゃないから。というのは最初のうちは割と本気で思っていた。どんなに条件が良くても結局好みじゃなければその気になれないもの。ただ、正直なところ、
「なんか遊ばれそうだし」
経験不足なところ、突然自分には分不相応に思える相手に迫られて怯んだというのが大きい。
これまで男性と付き合ったことは一度もなかった。
正確には中学の頃に同級生とままごとみたいなつきあいをしたことがあったけれど、あれは数にかぞえていいのか迷うところ。
なんせ、つきあった直後に彼がクラスのアイドル的存在の女子に告白され、そちらにあっさり鞍替えされるという苦い終焉だった。彼は夏希と同じようにクラスでもそれほど目立たず純朴で優しくて、彼に限ってはそんなことしないと思っていたのに。
今思えば、より条件のいい方に気持ちが傾くのは当然のことで不条理でもなんでもないのだが、当時の夏希は大いに傷つき、以来男性を簡単に信用するまいと防御を固くして早10数年。
考えてみればツンデレ好きの原点もそこに帰依している気がする。
普段ツンツンしてる相手が急にデレるという現象――このツンを乗り越えた果ての愛こそ信用できる気がするのだ。
それにツンデレの逆を考えてみると、普段優しくて耳障りのいいことを言う男はあっさり女を裏切るともいえ、その図式に当てはめてみればあの時の彼はそのタイプだったのだと納得がいった。
それなら私はツンデレが好き! とティーン小説のツンデレジャンルばかり読み漁りこっそり自作小説をしたためてみたり、おかげで現実の男を欲しいと思う暇もなく無事28歳、アラサーの領域に足を踏み入れようとしていた。
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