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「結婚式はいつ?」
「それはまだこれからだし、あたしのことはどうでもいいの。――でね、あたし考えたんだけど、夏希は来月誕生日じゃん」
「うん」
「28歳の記念に処女を捨てるっていうのはどう?」
「は!?」
みやびの突飛な考えにはしばしばついていけない時がある。確かに処女を捨てるというのはかなり大きな変化といえばそうだが。
「その気になってからもらってくれる相手探したって遅いんだよ?」
唖然とする夏希にみやびは目を眇める。
「だからね、向井が求めてくれてるうちにさっさと済ませちゃった方がいいと思うよー」
「す、済ませるって何を」
「初体験」
ーー向井くんと、私が!?
もやーっとした霞の向こうで裸の向井がこちらに近づいてくるーーそんな映像が脳内に浮かび、
「ちょ、夏希!こぼれてるっ!」
目を落とすと急須から注いでいた湯呑みが溢れている。
「あっ、あつっ、どうしよっ」
あたふたと拭き取り、後始末をする。
新しく淹れ直しながら、夏希はぼーっと考えた。
みやびの言う通り、いっそ彼に全てをもらってもらい、これを機に真剣につきあってみるというのもありなのかもしれない。この年ならもう多少順番が違ったってーー
だって今の夏希と向井の関係は妙に居心地の良い落ち着いたループに入ってしまっていて、そのぐらい大きなきっかけでもないと動き出しそうな気がしないのだから。
「確かに向井くんなら安心かも――」
今までそう思える相手とは出会ったこともなかったし、この先も向井の他に全部あげてもいい相手が現れる気なんてまったくしない。仮にそのあと向井とうまくいかなくなっても、向井となら変な別れ方にはならない気がする。
「うん、そうだよ。経験豊富そうだし、向井なら処女捨てるのにちょうどいいよ」
「向井くんと初体験――でも私からどうやって誘えば」
「そんなの簡単簡単、お茶でも飲んでってとかなんとか理由つけて家にあげればさ、向こうから我慢できなくなって襲ってくるから」
「へえ……そうなんだ」
にやにや笑いでみやびが顔を覗き込んでくる。
「あんたの大好きなツンデレじゃないけどいいの?」
「仕方ないよ」
今さらそれを持ち出すか、と夏希は照れ隠しにみやびの顔を手で押しやる。仕方ないのだ、好きになってしまえばそんなことは関係なくなるのだから。
下世話ながら他愛のない会話を交わした午後だったが、夏希にはなんだかとてもいいアイディアのように思え、いつもの向井との食事のあと、早速実行に移してみたのである。
それが終わりの始まりだとも知らずに。
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