酒涙雨に誘われた再会

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 今日はいつもより茉奈を早めに迎えにいかなければ。その後、父が入院している病院に向かう段取りになっているからだ。  父から珍しく話があると時間まで指定された。おおよそなにを言われるかの見当はついている。どちらにしても楽しい話題ではないのは間違いない。  無意識にため息をついて、慌てて気を取り直した。  父は代々続く杉井電産株式会社の代表取締役をしている。元々は精密小型モータを作る小さな会社だったけれど、その技術の高さが評価を受け、事業内容を徐々に拡大していった。  今は家電製品やAV機器も扱い、国産家電メーカーとしてその名を馳せている。  しかし業績はここ数年、ずっと落ち込み気味だ。私は直接父の仕事や経営には携わっていないが、そんな私から見ても一時の市場のシェア率を考えると今はかなり危うい状況にいるのは理解できる。  父は頑なに取引先を国内企業に限定していた。正確に言えばずっとそうしてきたのを今さら変えられないのだと思う。  今は外国からどんどん新しい技術と製品が容易く入ってくる時代だ。否が応でも世界に目を向けていかないと杉井電産株式会社が生き残る術はない。  それはきっと……私よりもずっと父が感じているのだろう。
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