1-8.現実:百足

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1-8.現実:百足

 今日もクソみたいな夢を見た。  柳沼青人(やぎぬまあおと)はコンビニの箸を割る。  金曜日。  今日の講義は二コマ目から。  青人は午前九時を回っても惰眠を貪っていた。  だが、その手に少しの違和感を覚える。何かが這っているような。  のっそりと布団をめくると、そこには小さなムカデがいた。  青人はムカデが去るのを待ち、起き上がる。  幸い刺されることはなかった。  食器ラックからコンビニで渡された箸を取り出し、割った。  じっと動かないムカデ。  それを箸で掴む。  窓を開ける。  三階の部屋から、ムカデを投げ捨てた。  授業終了後。  学校から徒歩十五分。古い町並みを青人は歩く。  ここらで有名な金平糖を仕入れるためだ。  五つ歳の違う実家住まいの姉からの命令。逆らえるはずもなく、青人はスマホを見ながら古民家の間をさまよう。  お洒落なカフェや雑貨屋が集まる観光地区。自分には関係ないと思っていたのだが。  青人はため息をつき、俯く。  と、何かが過った。  紐のような。  顔をしかめる。  ムカデだ。  細くて五センチにも満たないそれが、縦横無尽にコンクリートの上を走り回っている。  青人は足を止める。歩いたら踏んでしまいそうだ。  なに、急ぐ用じゃない。しばらく待てばいい。  三分くらいたっただろうか。小ムカデたちが一斉に同じ方向めがけて走っていった。  そちらを見やると大ムカデ。古民家の間から顔を覗かせている。  その背の高いこと、高いこと。  だが、悲鳴が上がることもなく、ヘリコプターが飛ぶこともない。  タイミングさえ合えば、ありえないことが起こっていても意外と気づかれない。  大ムカデが頭を振る。  なるほど。あれが小ムカデを呼んでいたのだ。  夢のあれらは無害だった。人を噛むようなことはないだろう。  金平糖を買って何事もなかったように帰ろう。  だが、その目論見は崩される。  大ムカデが、消えた。そして、ここまで飛んできた。ショッキングピンクの汁が。  青人は頬についたその汁を手で拭き取る。手にべっとりと付いたそれ。  夢のままだ。あの鮮やかな色だ。  大ムカデが潰されたのだ。  ぞっとしたものを覚える。  もしや、赤がいるのではないか、と。  心臓がバクバクと脈を打つ。関わってはいけない。そうは思うのに、足はそちらに向かう。  大ムカデが赤く巨大なハンマーの下敷きになっていた。  青人の口がぽかんと開く。  そして、思った。  いや、このまま帰るなよ。ちゃんと最後まで処理しろよ。騒ぎになったらどうするんだよ。  青人は地面を沸かし、そのハンマーごとムカデを触手で青い沼に引きずりこんだ。  それでも残ったショッキングピンクのムカデの血。  これはさすがに騒動になるだろうな。そう思いながら青人はその場を去る。  そして、その頬には冷や汗が伝っていた。  赤が近くにいる。  それは誤魔化しようのない事実だった。  大丈夫。こちらの存在さえバレなければ問題ない。  そう心の中で繰り返す。  金平糖は売り切れていた。 【8.現実:百足 終】
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