1-11.Nightmare:grumbling

1/1
前へ
/100ページ
次へ

1-11.Nightmare:grumbling

『どうして地面が黒くない』 『どうしてお前は虫じゃない』 『どうして』 『どうして』 『どうして』 『どうして』  そんな訳の分からない不平が白いプラスチックの林の中に飛び交っている。  黒い綿菓子の形をして。  たぶんあれは世迷事(よまよいごと)。 「あははっ! 青くん、これ切ったら増えるー!」  赤が裂く。軽く浮つくそれを裂く。  増える『どうして』。  俺は白いプラスチックに寄りかかって世迷事を目で追う。  暇だ。  その暇が至高。  至高の時間とは暇。  つまり、欠伸も出る。  大きく開けた口に入り込んでくるのは世迷事。  黒くふわふわとしたものが口の中でじゅわりと溶けた。  妙に生臭い甘み。これは癖になる。  青い触手を伸ばし、世迷事を一つ捕獲。口に運ぶ。 『どうしてお前は生きている』  舌で溶けたその言葉。身体中に回り回る。  ぶつけられた意味のない不満に思わず笑う。滑稽だ。  味に言葉に触感に。面白くて、うまい。  世迷事狩りに興じていた赤がこちらを見て、顔をしかめる。 「げぇ。青くん、また変なもの食べてる」 「これ、かなりうまいぞ」 「青くんのゲテモノ食い」  赤が寒気を催したように震えて見せた。  まあ、確かに赤の言う通り。  今まで食ったものは数知れず。この前のカブトムシもなかなかいい味だった。  俺はまた、世迷事を掴んで食う。  もう一つ。もう一つ。あと一個。いや、まだあと一個。 「食べ過ぎてお腹壊しても知らないぞ」  赤が呆れたように言う。  言葉を返そうと口を開いた。 「『どうして』」  それは俺の言葉ではなかった。俺の声ではなかった。  赤が目を見開く。 「『どうしてお前は生きているんだ?』」  俺の腹の内から声がする。  そして、身体が勝手に動き出す。 「『私は死んだというのに』」  そう言って赤の首を絞めつけた。 「青、くん?」  強い力。制御できない。  赤は苦しそうだ。目に涙が浮かんでいる。  そして、パァン、と首が弾けた。  赤の頭と身体が、分離する。  手に真っ赤な汁がつく。  だが、俺の胃袋にいる世迷事はまだ身体を返してくれない。 「『どうして』」  その言葉とともに、赤の頭に襲い掛かった。 「青くんのゲテモノ食いのせいで、三百六十五回死にましたー」  赤が白い立方体の影で三角座り。 「悪かったって」  世迷い事から身体を取り戻した俺。一応謝っておく。  正直、悪いとは思っていない。  うまいものはうまいし、止まらないものは止まらない。  と、視界の端に世迷事が過った。思わず伸ばした触手。そして、口に放り込む。 「まだ食べるの?」  赤がじっとりとした目でこちらを見る。 「うまいから食ってみろ」  赤の口にそれを突っ込む。  しばらく後、赤は急に苦しみだし、口から赤い汁を吐き出した。そして、動かなくなった。  三百六十六回目の殺人を犯してしまったようだ。 【11.Nightmare:grumbling END】
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加