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1-12.現実:世迷事
今日もクソみたいな夢を見た。
柳沼青人は弁当を買う。
食堂の混雑にうだうだと文句を言っていたら、倉吉が気を利かせてくれた。
購買で食事を買って別の場所で食べよう、と。
何やらおすすめの空き教室があるとか。
「ここは、確かにあんまり使わなさそうだな」
「そうだろ」
演劇部御用達の部屋らしいが、狭い。しかも、かなり奥まった場所にある小教室でひっそりとしている。
「こんな狭い部屋で演劇するのか?」
「部員四人しかいないから」
倉吉が眉を下げて言う。そして、サムズアップ。
「入部待ってるぜ、青人!」
「ちょっと考えとく」
俺の答えに倉吉は意外そうに眼を丸めたが、すぐさま、ぽんっと手を打つ。
「光谷先輩に誘われたからか」
「それ」
「俺じゃあ魅力が足りないっていうのか!」
芝居がかった言葉に返す。
「もちろん。むしろマイナス」
「そこまで言うか!」
倉吉が頭を抱える。反応が面白くケタケタ笑う。
手に持った弁当を机に置き、紙の袋に入った割りばしを取り出す。
ぱきんと小気味よい音を立てながら、それは左右不対称に割れた。
「青人、割りばし割るの下手だろう」
「そうみたいだ」
眉をしかめながら弁当の蓋を開ける。
と、倉吉の手に取ったパンが目に入った。
「倉吉、それ」
「お? なんだこれ。カビか?」
倉吉の言った通り、カレーパンに黒い何かがこびりついていた。
「購買で買ったときは何ともなかったんだけどな」
倉吉がパンを睨む。まあ、そういうこともあるだろう。
弁当に手を付けようとした青人の耳が何かを拾う。
『どうして』
あの声だ。夢で見た世迷事の声だ。
恐る恐る倉吉の手元を見ると、そのカビらしき何かは蠢いている。
「なんだこれ」
倉吉が袋を開こうとした。青人はそれをひったくる。
「青人?」
「ちょっと用事思い出した。ついでにこれ、捨ててくるな」
我ながら不自然だがどうしようもない。
弁当を閉じ、カバンに入れる。カレーパンの袋を倉吉の視界から隠す。世迷事はどんどん膨張している。
「え、捨てるの? もったいなくない?」
気にするところがそこなのか。
だが、倉吉のそういうところは嫌いじゃない。
「じゃあ、購買で返金してもらってくる」
「いや、でも」
「金は後から返すから」
青人はそう言い教室を後にした。
ありがたいことに、奥まったこの場所に人は少ない。だが、倉吉に見つかるわけにはいかない。少し離れた場所に行きたい。
その間にも世迷い事がカレーパンの袋の中で増殖しているのが分かる。声が大きくなってきている。
階段の隅。掃除ボックスが設置された暗がり。青人はカレーパンの袋をカバンから取り出す。
すでにその透明の袋の中は真っ黒に染まり切っている。
これを食べたら夢のように体を乗っ取られるかもしれない。だが、このまま放っておく訳にはいかない。
赤が呑み込んで死んだんだ。あれは復活するからどうでもいいが人間だったら棺桶行きだ。
青人は大きく息を吸い込む。
地面を沸かす。冷たい床が青い触手の蠢く沼に変わる。カレーパンの袋、いや、世迷事の塊を投げ込んだ。
沼の中でそれはじゅわりと溶けだす。カレーの味とともに生臭い甘みが頭の中に流れ込んでくる。触手の味わったものを青人も味わうことになる。大概美味しい。今回もそうだ。
だが、やはり違和感。
頭に「どうして」という言葉が巡る。少し身体が動かしづらい。
さっさと家に帰って寝よう。
ため息を吐いて顔を上げる。
目が合った。
そこには光谷がいた。
見られた。
心臓が大きく脈を打つ。全身から汗が噴き出す。
「君、この前の……えっと、青沼くん、だっけ」
彼女は青人に問う。若干違う。だが、そんなことも言えない。
恐ろしくて光谷の顔が見れない。青人は目を伏せ、何も言わず駆け出そうとした。
だが、身体が動かない。代わりに口から出たのはこの言葉。
「『どうして』」
幾人もの声が重なったかのような異様な声。弾かれたように顔を上げ、青人は口をふさぐ。だが、それを聞いて光谷がにこりと笑った。
「憑りつかれちゃったんだ、世迷事に」
悪寒が走った。光谷の美しい笑顔が恍惚の色に染まっていく。
「青沼くん、私が何とかしてあげる。だから、お話しようよ」
青人は後ずさる。そして、駆け出した。世迷事のせいで身体は限りなく重い。
何度も何度もつまづいて、それでも、走る。
後ろで光谷がにたにたとこちらを見ている。そうとしか思えない。
アパートに着く頃には青人の目に涙が浮かんでいた。
【12.現実:世迷事 終】
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