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1-14.現実:木枯らし
今日もクソみたいな夢を見た。
柳沼青人はベッドからずれ落ちる。
購買で弁当を見やる。
昨日食べた世迷事は消化されたらしく、体調は悪くなかった。
だが、光谷に触手を見られた。
その衝撃から青人は立ち直れないでいた。
食欲がない。
飲むゼリーを手に取り、レジに並ぶ。
倉吉がそんな青人の後ろに並ぶ。
「おいおい、青人それだけかよ」
「それだけだよ」
「これも食っとけ」
青人の手に握らされたのはカレーパン。今一番食べたくない類のもの。
そういえば昨日、世迷事と一緒に倉吉のカレーパンを食べてしまったのだった。
テキトーについた嘘は、返金してもらう、というもの。
つじつま合わせをしないといけない。
青人は少し考えた後、口を開く。
「ごめん。昨日のカレーパン、返金してもらえなかった」
「だろうな。レシートなかったし」
「そのまま捨てたから、これ買うな。で、お前がこれを食ってくれ」
倉吉が寸の間黙る。そして、首を傾げた。
「いやいやなんで?」
「なんでって……」
「だって、パン腐ってたのお前のせいじゃないし」
確かにそれもそうだ。
「青人、さてはお前疲れてるな? 仕方ないな」
倉吉は列から手を伸ばし、豆大福を手に取る。
「俺のおごりだ」
だから食欲はない。
だが、思わず頬が緩んだ。
倉吉はいい奴だ。
いつもの奥まったG棟二階のひっそりとした教室。
飲むゼリーをすすりながら、青人は悶々と一人考える。
倉吉が何か話しているが頭に入ってこない。
光谷は青人の触手を見た。そして、話をしようと言った。
己が世迷事を何とかするから、と。
青人はそれから逃げた。
もし、言いふらされたら――。
そんな考えが頭に過った。
嫌な記憶がよみがえる。
小学生の時のことだ。
夢、触手。全て隠して生きてきた。家族にすら言ってこなかった。
言ってはいけないとどこかで知っていた。
だが、ある日、上級生に絡まれていた同級生を見た。血まみれだった。
思わず出した青い触手。
上級生は逃げ帰った。同級生には感謝された。だが、それをたまたま目にした彼の親がいた。
噂が噂を呼び、青人は不気味な化け物として見事孤立した。
青人は飲み終わったゼリーのゴミを手で握りつぶす。
そして気づく。
光谷が言いふらしたとしても別に構わないじゃないか。
あの頃とは違う。怖がられて悲しむような子供じゃない。
何より、失うものがない。
「青人?」
倉吉が心配そうにこちらを覗き込む。
まあ、失うとしても倉吉くらいだ。別に大したことじゃない。
そう思うと気が楽になった。
G棟から横道を抜けて、次の講義場所であるN棟に向かう。
この横道、一度整備した方がいい。
雑草は生え放題だし、トタン屋根の小屋は今にも崩れそうだ。
さっきから倉吉がちらちらとこちらを窺っているのが分かる。
「青人、マジ調子悪そうだな。帰ったら?」
「いや、大丈夫」
妙に軽薄な口調になってしまい、我ながら呆れる。
倉吉は眉間にしわを寄せた。
と、強い風が吹いた。それも酷く冷たい。
「あれ? 今何月?」
倉吉が肌の出た腕に手を添える。
「今は六月」
「なにこれ」
「木枯らし」
青人は答える。
どうせ、夢に巻き込まれる日々は続くのだ。一人の方が気も楽だ。
一層強い木枯らしが吹いた。
バキン、と嫌な音がする。振り返る。
ああ、やっぱりトタン屋根、飛んだじゃないか。整備しないから。
それはまっすぐ倉吉の方に向かう。
反射だった。
青人は触手でそれを受け止める。そして、地面に引きずり込んだ。
それを咀嚼。鉄くさいうまみが頭に流れる。
そして、心の中で自分を嘲笑う。
光谷にばらされるまでもなかったな、と。
倉吉が目を見開いている。
第一声は何か。化け物、か。悲鳴、か。いや、逃げ出すか。
何でもいいや。
そう思いながら、胸が痛んでいる。
倉吉はバカだ。でもいい奴だ。
こみあげるものを青人は必死にこらえる。
倉吉の口が動く。
何を言われても仕方ないのだ。
そして、放たれた言葉。
「すっげぇ、今の何!」
「は?」
「え、ちょっともっかい見せて? 写真撮っていい?」
「いや、駄目」
「そっか、そうだな。超極秘事項だよな。俺、秘密にするわ」
倉吉はそういって触手が消えた地面を見やり、そして、視線を青人に移す。
「青人、お前超能力者だったんだな」
「いや、ちょっと違うけど」
「マジか」
「マジだ」
そこで倉吉はハッとしたように青人を見据えた。
「助けてくれてサンキューな!」
無駄に白い歯を見せて笑ったその顔。
青人の目に涙が浮かび、そして、流れた。
「倉吉、本当にお前馬鹿だな」
泣き笑いで紡ぐ言葉。倉吉が答える。
「え、確かに俺馬鹿だけど、なんでいきなり罵られたんだ?」
その返しに思わず吹き出した。
木枯らしはいつの間にか止んでいた。
【14.現実:木枯らし 終】
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