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1-18.現実:雲
今日もクソみたいな夢を見た。
柳沼青人は時計を見やる。
『六月二十二日の昼休み。購買前で待ってるよ』
約束の時が来た。
購買前は昼食を買い求める客がごった返している。
その中でひときわ美しい女性が青人に手を振る。
栗色の髪をした彼女は、光谷赤音。
「お待たせ、柳沼くん」
彼女はにこりと笑う。
「この間は名前、間違えてごめんね」
「いえ」
光谷は赤だ。
青人は警戒心をあらわに彼女を睨む。
だが、光谷の笑顔は崩れない。それどころか、茶目っ気たっぷりに笑う。
「近くにおすすめのカフェがあるんだ。一緒に行こう?」
確かにあの夢の話は、この込み合った学内ではしたくない。
青人は黙って光谷に続いた。
たどり着いたのは学校から徒歩十分以内の何の変哲もないカフェ。
「このお店、ピザ美味しいよ。クアトロチーズピザ。はちみつかけて食べるんだ」
楽しそうな光谷。青人を見て、どこかばつが悪そうに言う。
「ごめん。あの夢の話できる人なんていなかったからさ。青人くんに会ってちょっとテンション上がっちゃってる」
はにかんだ彼女。毒気を抜かれる。
赤の印象に加え、倉吉からも破天荒と聞いていた。
だが、目の前の彼女は可愛らしい女性だ。
「注文、決まった?」
青人は勧められるがままクアトロチーズピザを頼んだ。
和やかな時が流れる。
「やっぱり柳沼くんも生まれつきなんだ」
「ええ。光谷先輩もですか?」
「うん。青くんってさ、成長してる?」
「いえ、幼い時から同じ姿です」
「こっちもそうだよ。赤はずっとあの姿のまま。不老不死だね」
光谷が深く頷き大仰に言うものだから、なんだかおかしくてくすりと笑う。
「やっと笑ってくれたね」
光谷が微笑む。
「ねえ、青人くんって呼んでいい?」
「どうぞ」
青人は笑顔で返した。
光谷との時間はあっという間に過ぎた。
ひとえに話し上手な彼女のおかげだ。
「すいません。午後から講義があるので」
「そっか。またお話しようね」
互いに勘定を済ませ、外に出る。
途端、土砂降りの雨。
「これは大変」
光谷は鞄を探り、傘を取り出す。。
「青人くん、傘持ってる?」
「持ってません」
「じゃあ、仕方ないね」
光谷が傘を開く。
「相合傘しよう?」
愛らしくウインクした光谷にドキドキとしながら青人は首を横に振る。
「大丈夫です。コンビニ近いんで傘買います」
「でも、金欠でしょ?」
どうして光谷がそれを知っているのか。
もたげた疑問が不安を生む。だが、問う前に彼女が答えた。
「この前、服買ったところじゃない?」
そういえば同じ夢を見ているのだ。青人の服が派手な赤と青に染められたのも予想がつくのだろう。
青人は諦めて、光谷と同じ傘に入る。
「傘、持ちますね」
「お願いします」
美しい顔に浮かんだ愛嬌のある笑顔に心臓を跳ねさせながら、隣を歩く。
メッシュ素材の靴に水が入り込んでくる。だが、そんなこと気にもしていられない。
光谷との相合傘に青人は柄にもなく緊張していた。
こちらをちらりと見た光谷。
「ねえ、青人くん。講義、さぼっちゃわない?」
「え」
「もっとお話ししたくて」
他意はないだろう。ただ、夢のことについて話したいだけだろう。
それでも、意識してしまう。
雨がさらにひどくなる。肩に水滴が落ちる。
光谷が体を寄せる。あたたかい。いい香りがする。
今までこういった経験は皆無。青人が軽くパニックに陥ったのも仕方のない話だ。
「こっち来て」
光谷に言われるがまま、青人は歩き出した。
【18.現実:雲 続】
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