1-18.現実:雲

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 おかしいと思った。  雨がいつまでもやまない。なのに辺りは明るい。  そして、光谷(みつや)の足は止まらない。人気のない方へ。 「あの、どこへ行くんですか?」 「もう少しだよ」  さっきから笑顔でそう繰り返す光谷。その表情がどこかはりついたもののように見えて青人(あおと)はうすら寒いものを覚えた。  歩く。住宅街を抜け、寂れた神社を横目に、鬱蒼とした雑木林の中へ。  木の下に入ったというのに止まない雨。  不気味な静けさ。雨の音。  ふっと空を見上げた。  雲が近い。  そして、その色は赤。夢と同じ、赤い色。  青人は傘を投げ出し、走り出す。 「どこ行くの?」  光谷のケタケタ笑いが後ろから聞こえる。そして、天から降り注ぐは雨から縄へ。  手足に絡まり、あっという間に青人は拘束される。  夢の通りだとすれば、あの雲は赤である光谷に懐いている。光谷の言う通りに動く。  青人は縄に縛られ、操り人形のように体を動かされる。そして、笑む光谷の前へ。 「泣きそうな顔して可愛い」  恍惚に歪んだ光谷の顔。撫でられる左頬。ぞわりとした感覚に青い触手を放つ。  だが、それが縄を引き裂く前に、光谷が左手に赤い閃光の刃を作った。そして、触手を全て切り刻む。 「わぁ、これが触手。素敵」  切れ端となった触手に光谷は頬擦りをする。その端正な顔が青の汁に塗れていく。  血の気が引く。とんでもないものに捕まった。 「大丈夫。怖いことはしないよ。青人くんが私に協力してくれるのなら」 「協力……?」  震えた声で尋ねると、光谷は大きく頷く。 「あのさぁ、青人くんは思わない? この力を使えば、何でもできるって」 「は?」  光谷は語りだす。 「あのねぇ、私、バケモノなんだ」  くすくす笑い。 「妹を守ってあげたの。この力で。そしたら、家族からバケモノ扱いされた。友達に、先生に相談した。信じてくれない。だから、見せた。皆私をバケモノ扱いした。誰も私を守ってくれなかった」  そんなことをどうして笑顔で言う?  恐怖に息が浅くなる。 「だから、隠した。私はこの場所に逃げてきた。誰も私のことを知らないこの場所へ」  光谷の暗い瞳が青人を射抜く。 「だけどね、隠せば隠すほどおかしいと思ったんだよ」 「は?」 「だって、こんな素晴らしい力どうして隠す必要があるの?」  光谷の声がうねる。聴いているだけで威圧される。 「そんな時に、青人くん。あなたが現れた」  光谷が青人の耳元で囁く。 「ねえ、青人くん。私と一緒に生きてみない?」  歯がガチガチと鳴る。光谷は続ける。 「私と青人くんの力を合わせれば、何だってできる。私が赤の力で殺して、青人くんが触手で証拠隠滅。素敵じゃない? 邪魔なものは全て消すことが出来るんだよ」  自分は正義のヒーローではない。だけど、人殺しなんて考えたこともない。 「私たちは選ばれた人間なんだよ」  光谷が暗い声で。 「青くん」  もうなりふり構っていられなかった。青人は地面を沸かす。そして、己の姿を触手に変えた。  ずるりと縄から逃げ出し、人間に戻り、駆け出す。 「逃がさないよ」  光谷の声が聞こえる。閃光がバチバチと音を立てているのが分かる。  バチン、とひときわ大きな音を耳が拾う。そして、身体に痺れるような衝撃。  痛みを覚えたのも一瞬。目の前が暗くなる。 「あ、ちょっとやりすぎちゃった」  光谷の明るい声を最後に青人は意識を失った。 【18.現実:雲 終】
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