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おかしいと思った。
雨がいつまでもやまない。なのに辺りは明るい。
そして、光谷の足は止まらない。人気のない方へ。
「あの、どこへ行くんですか?」
「もう少しだよ」
さっきから笑顔でそう繰り返す光谷。その表情がどこかはりついたもののように見えて青人はうすら寒いものを覚えた。
歩く。住宅街を抜け、寂れた神社を横目に、鬱蒼とした雑木林の中へ。
木の下に入ったというのに止まない雨。
不気味な静けさ。雨の音。
ふっと空を見上げた。
雲が近い。
そして、その色は赤。夢と同じ、赤い色。
青人は傘を投げ出し、走り出す。
「どこ行くの?」
光谷のケタケタ笑いが後ろから聞こえる。そして、天から降り注ぐは雨から縄へ。
手足に絡まり、あっという間に青人は拘束される。
夢の通りだとすれば、あの雲は赤である光谷に懐いている。光谷の言う通りに動く。
青人は縄に縛られ、操り人形のように体を動かされる。そして、笑む光谷の前へ。
「泣きそうな顔して可愛い」
恍惚に歪んだ光谷の顔。撫でられる左頬。ぞわりとした感覚に青い触手を放つ。
だが、それが縄を引き裂く前に、光谷が左手に赤い閃光の刃を作った。そして、触手を全て切り刻む。
「わぁ、これが触手。素敵」
切れ端となった触手に光谷は頬擦りをする。その端正な顔が青の汁に塗れていく。
血の気が引く。とんでもないものに捕まった。
「大丈夫。怖いことはしないよ。青人くんが私に協力してくれるのなら」
「協力……?」
震えた声で尋ねると、光谷は大きく頷く。
「あのさぁ、青人くんは思わない? この力を使えば、何でもできるって」
「は?」
光谷は語りだす。
「あのねぇ、私、バケモノなんだ」
くすくす笑い。
「妹を守ってあげたの。この力で。そしたら、家族からバケモノ扱いされた。友達に、先生に相談した。信じてくれない。だから、見せた。皆私をバケモノ扱いした。誰も私を守ってくれなかった」
そんなことをどうして笑顔で言う?
恐怖に息が浅くなる。
「だから、隠した。私はこの場所に逃げてきた。誰も私のことを知らないこの場所へ」
光谷の暗い瞳が青人を射抜く。
「だけどね、隠せば隠すほどおかしいと思ったんだよ」
「は?」
「だって、こんな素晴らしい力どうして隠す必要があるの?」
光谷の声がうねる。聴いているだけで威圧される。
「そんな時に、青人くん。あなたが現れた」
光谷が青人の耳元で囁く。
「ねえ、青人くん。私と一緒に生きてみない?」
歯がガチガチと鳴る。光谷は続ける。
「私と青人くんの力を合わせれば、何だってできる。私が赤の力で殺して、青人くんが触手で証拠隠滅。素敵じゃない? 邪魔なものは全て消すことが出来るんだよ」
自分は正義のヒーローではない。だけど、人殺しなんて考えたこともない。
「私たちは選ばれた人間なんだよ」
光谷が暗い声で。
「青くん」
もうなりふり構っていられなかった。青人は地面を沸かす。そして、己の姿を触手に変えた。
ずるりと縄から逃げ出し、人間に戻り、駆け出す。
「逃がさないよ」
光谷の声が聞こえる。閃光がバチバチと音を立てているのが分かる。
バチン、とひときわ大きな音を耳が拾う。そして、身体に痺れるような衝撃。
痛みを覚えたのも一瞬。目の前が暗くなる。
「あ、ちょっとやりすぎちゃった」
光谷の明るい声を最後に青人は意識を失った。
【18.現実:雲 終】
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