1-6.現実:鸚鵡

1/1
前へ
/100ページ
次へ

1-6.現実:鸚鵡

 今日もクソみたいな夢を見た。  柳沼青人(やぎぬまあおと)は生ぬるい水で顔を洗った。  大学生の土曜日。  所属するものもない。勉学に励むつもりもない。必然的に何もない。  顔を洗ったものの、青人はまたベッドに戻り、特に面白くもないソシャゲで暇をつぶす。  そういえば、腹が減った気がする。  スマホ画面の右端を確認すれば、午前十一時。  そりゃ、腹も減る。  青人はのっそりと起き上がり、冷蔵庫を覗く。  そこにあったのは、無、だった。  駅前の噴水。高名な僧侶の石像がその中央に立つ。  水攻めにあっているかのようで趣味が悪いと思うのは己だけだろうか。  そんなどうでもいいことを考えながら、銀杏通りと書かれた商店街のアーチをくぐる。  カフェ、書店、文具屋。  雑多に並んだそれらの横を通りすぎ、目的のスーパーへ。  今日も今日とて大盛況。  すでにレジに並ぶことを考え、嫌気がさす。  だが、空腹には勝てない。  青人は総菜コーナーへ向かう。  安いのはコロッケ。だが、肉が食べたい。土曜日限定スーパー自家製の角煮が誘うような匂いを放っている。  これにしよう。  即決だった。  袋入りのカット野菜と米五キログラムを加え、二千円近く。  それなりにする。  青人はエコバッグに商品を詰めながらため息をつく。  自炊などしたくない。だが、総菜を買う生活は案外高くつく。  仕送りは家賃を含め八万円。  趣味もなければ、友人もいない。いや、倉吉は一応友人か。  対して金も使わない。使うとしたら生活費くらいだ。  だが、それでも金は減っていく。  バイトでもするか。  青人はぼんやりとそんなことを考える。  スーパーの自動ドアが開く。外に踏み出す。  ぽつりと雫が顔に触れた。空を仰ぐ。曇天。雨だ。  傘を持ってきていない。  青人はアパートに急ぐ。  と、おかしなことに気づいた。腕にかかった雫の色が赤い。青い。黄色い。  うっすらだが、それでも確実に色づいていた。  嫌な予感に顔を上げる。  遥か天高く、見覚えのある極彩色。  たぶん、鳥。  つまり、オウム。  青人はさらに足を速める。だが、ついてくる。色彩の雨がついてくる。  今日の夢。  謂れなきオウムを大量虐殺。  恨まれても仕方ない。  青人は人気の少ない路地に入り込む。触手で何とかするつもりだった。  だが、改めて空を見やり、冷や汗をかいた。  数が多い。  百羽といっても過言ではないほどいる。  罪に対しての罰が重すぎる。  と、路地の中を一人の青年が駆けていった。彼も傘を持っていない。  途端、極彩色が旋回。  青人は目を見張る。だが、気付く。  青年は水色のシャツに紺のデニムをはいていた。  夢での青人を象徴するのは青、その色。  オウムはそれを狙っている。  色を認識できるのかは知らないが。  まずいだろうな。  青人は思う。  数多のオウムの標的、それはあの青年。  オウムが滑降を始めた。彼が危ない。  だが――。  青人は正義のヒーロー、ではない。  何事もなかったかのように路地を出る。  どうやらにわか雨だったようだ。明るい日が射し、虹すら出ている。  どこか遠く、案外近くで、悲鳴が聞こえた気がした。  青人は素知らぬ顔でアパートに帰る。 【6.現実:鸚鵡 終】
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加