十年越しの再構築

1/1
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
夫と離婚することになった。 離婚理由はまぁ色々だ。でも一番大きな理由は夫の過去の浮気を私がどうしても許せなかったからだ。 ちょうど10年前の暑い夏の日、まだ下の子がお腹にいた頃彼女はやってきた。 夫が会社の部下と不倫し、その女がご親切にも妊娠したと家にやってきて洗いざらい教えてくれた。 「妊娠してから体型が変わった」 「おばさんになった」 「もう二度と抱く気がしない」 「女として見られない」 「部屋が汚い」 「上の子供が泣いてうるさい」 私に対する不満が女に宛てたメールにしっかりと残されていた。そして女は誇らし気に夫からの愛の言葉満載のメールを見せた。 「愛しているのは君だけ」 「もっと君と早く出会えていたら」 「妻とは必ず離婚するから待っていて欲しい」 当然ながら我が家は両方の親を巻き込んだ修羅場となった。飛行機の距離なのに駆けつけてくれた。 夫は青い顔で「彼女とはほんの遊びのつもりだった。家庭が一番大切だ」と言って夫の父親に殴られていたのを今でも覚えている。 けれどもすぐに女は夫を諦めた。早い話が妊娠していなかったし、もっといい寄生先を見つけたのだ。 私は子供達のために結婚生活を選んだ。 けども一度ひびが入ってしまった物はもとに戻ることはない。 何度も夫が女に吐いた愛の言葉を思い出しては苦しみ、私への不満を思い出しては吐いていた。 最初は健気に家族に尽くしていた夫だけれど、そのうちに諦めたようで、私に話しかけてこなくなった。 そして10年の間にどんどんひびが広がり私達は修復不可能な状態になってしまった。 夫とはろくに会話を交わさない。子供達を通して相手の近況を知る。お互いに違う部屋に寝て一緒にいることはない。 それが当たり前の生活になっていた。 決定的になったのは、私が働き出したことだ。そしてそこで一人の男性と出会う。彼は私の上司にあたり年齢は5歳上のバツイチだった。 完全なる片思いだったけれど、彼と付き合いたい。その欲求が私を動かした。 夫と初めて話し合った。やっばり夫もこの生活に疲れ果てていたのだ。 養育費、面会、財産分与すべてを事細かに決め、夫の荷物も夫が自分で借りたアパートにすべて運びだした。 そして子供達が寝た今、まさに離婚届を記入している。 外で大雨洪水警報の防災無線が流れているのが聞こえる。季節の変わり目は天気が崩れやすい、ここ何日かずっと雨が降り続いている。 その時だった。今まで聞いた事のないごう音と共に家が壊され、土やら木やらが一斉に入ってくる。 夫が私の手をとって土の海から救いだす。 気がつくと、隣の部屋は全て土になっていた。幸いなことに子供達の部屋は無事で、子供達は泣きながらリビングにやってきた。 そして外の冷たい冷気に夫と私と子供二人でさらされていた。 「裏山が崩れたんだな」 夫が呟いた。 まさかの事態に何も言えなくて、ただ異様な光景を見ていた。 家を見にきた近所の人や知り合いの人が今夜は泊まってってと言ってくれたけど、そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。 家族全員で夫が自分用に借りた7畳一間のアパートに泊まる事にした。 その晩、久しぶりに四人で布団を並べて寝た。 不安で泣きそうな顔をしている子供達に夫は楽しい冗談を言って笑わせていた。 私も思わず笑ってしまった。こういう楽しい人だった。 子供達が寝てから、夫と家の事について話した。 保険がいくらおりるのかとか、土砂の撤去費用とか、生活用品のことまで。 幸いな事に夫が運びだしたおかげで最低限の家具はある。 でも子供達の学用品、生活用品がない。 明日はまずこれを揃えよう。 久しぶりにこんなに夫と建設的な話をした。 夫がしばらく会社を休もうかなと言ったので、止めた。 私の方が有給を取りやすい。 家の事は私がなんとかするから、安心して仕事に行ってと。 すると、夫は「ありがとう」と言った。 久しぶりに夫のこんな優しい顔を見たような気がする。 次の日、子供達をなんとか学校に送り出すと夫がもう一度聞いてきた。 「本当に会社行っても大丈夫?」 「普段から家の事気にしないくせに、こういう時だけ気にするんじゃない」 私が冗談めかした言うと夫は「ごめん」と笑った。 そして久しぶりの「行ってきます」を言って、私も久しぶりの「行ってらっしゃい」を言った。 夫は雨上がりのぬかるむ道を歩いてバス停に向かった。 日中、なんとか子供の学用品やら、生活用品やらを100円ショップで揃えた。 役所やら保険会社やら忙しくついでに地方局のインタビューまで答え、なんとか四時には部屋に帰ってきた。 子供達も家に帰って来ていて、みんなで夕食の準備をした。 特にお鍋でご飯を炊くことを面白がって何回も覗こうとしては怒られていた。 そしてカレーが出来上がる頃、夫が帰ってきた。 「久しぶりにカレーだな」 夫はカレーが好きだから素直に喜んでいた。 浮気以来、夫の好物はわざとつくっていなかった。 ひどい妻だと改めて反省する。 久しぶりに四人で食卓を囲み、夫の冗談でみんなで笑いあいながらご飯を食べた。 お風呂も狭いお風呂に夫と子供達がぎゅうぎゅうに入った。 昨日、家が全壊したのに、なんだかとても楽しくて幸せな日だった。 しばらくはそんな幸せな日が続いた。 そんなある日、保険がかなりの額が下りると保険会社から電話が来たけど、夫には伝えなかった。 夫も不思議と保険の事を聞いてこなかった。 家族の誰もが狭い事に文句を言わなかった。 そんなある日のこと子供達が寝た後、暗闇の中、夫がポツリと呟いた。 「十年前のこと、本当に申し訳ないと思ってる。何であんなことしたのか、ずっと後悔してた」 夫は浮気したことをずっと反省していた。そのことを初めて知った。 「後悔してたなんて知らなかった」 そう言うと夫は「本当に悪かった」と深々と頭を下げたので、「いいよ、もう」と笑ってしまった。 これが十年越しに夫の謝罪を受け入れた瞬間だった。 夫だってこんな窮屈な家庭で十年間家族のために働いてくれていた。この事実に感謝しなければならない。 私たち家族はびっくりする事に半年間もこの部屋で暮らし続けた。 けれどもさすがにこの部屋を出ることにした。 来年の春に三人目が産まれる事になったから。 家族みんなで、楽しみにしている。 十年越しに家族をやり直せることもある。 世の中は不思議だ。 今夜はまたカレーにしよう。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!