人生をやり直す呪文

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会社の業績が傾き始め、あんなに俺を社長、社長と慕っていた者たちが次々といなくなっていく。 友人も愛人も親戚や家族さえもだ。 今の俺に残されたもの、それは借金だけだった。 そして破産手続きを終わらせて、それすらも無くなった。 行くあてもなく、自分が建てた豪邸に戻ると中身はすっからかんだった。 あと一週間もすればこの家すら俺のものじゃなくなってしまう。 当然のことながら、家族だったはずの妻も犬もいない。 妻はミス日本の最終審査にも残った美人で、飲み会で一目惚れし、付き合い三ヶ月で結婚した。 ところが自分の妻にすると途端に興味が無くなった。本能で次のいい女を求めたのだ。 妻が待つこの家には殆ど帰ってなかったから、家族ではないのかもしれない。 妻自慢のリビングだったはずの無垢の床に座り天井を見た。 俺は一体、これからどうすればいいのか。 目を閉じると死ぬことばかり考えてしまう。 俺にはそれしかないのかもしれない。 18歳で上京して、20歳で小さな輸入食品の会社を作った。 好景気に乗り、会社の業績が日に日に成長した。どんどん社員も増えてくる。 思えばそこから俺の人生は狂い始めてきたのかもしれない。 金に群がってくる奴ら。 それを勘違いする俺。 もう一度最初から人生をやり直したい。 今度は堅実な、周りの人を大切にする。 困ったときに誰かが側にいてくれる生活を送りたい。 金とか名誉とかそんなもんいらない。どれだけ手に入れても虚しさだけが募る。 その時だった、リビングのドアが開いた音がした。 紛れもなく妻だった。 「何してるんだ?忘れ物か?そんな金目の物もうないけどな」 俺はそう言って笑った。何がおかしいかわからなかったけど、とにかく笑えた。 「冗談を言える余裕があってよかった、行くよ」 妻は冷たく言い放った。 当然だ。 女を作りまくって、家に全く帰ってこなかった俺を見捨てるのは。 「いいよ。行けよ」 テレビのあった場所を見た。けれど、そこには何もない。 「何言ってんのよ。一緒に行くのよ。どうせ行くとこないんでしょ。アパート借りたから、汚くて狭いけどね」 妻は微笑んだ。唖然と立ち尽くす俺に妻は強い調子で言い放つ。 「夫婦なんだから、どんな時も一緒よ。私が何とかしてしばらく食べさせてあげるから心配しないで」 「……それは、俺のセリフだ。馬鹿野郎」 何かのモノマネみたいな言葉が出てきた。 俺の人生をもう一回やり直す呪文、いや決意だった。
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