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④ほらまたこれだ
「――――と言ったところで、このモヤモヤが晴れるわけではないのです」
遥菓は自転車を漕ぎながらひとり呟いた。
久しぶりに晴れた空の下、太陽の光を温かいと感じながらゆっくりと漕いでいく。
あのまま家にいたら色々悩んでしまいそうだったため、近くのショッピングモールへ行くことにしたのだ。
いつもならば両親も行くか聞くのだが、なんとなくひとりになりたかったため、『ちょっと行ってくるね』と家を出た。
土曜日のせいか、いつもよりも車も人も少ない。遥菓は十分ほど自転車を走らせると、少し先に大きいショッピングモールへと到着した。
出入り口が何個もあるそれだが、行き帰りに近い、本屋側の自転車置き場に止める。
まだ開店したばかりのせいかこちらもまだ人は少なく、それに何となく安心感を抱きながらショッピングモールの中へと入っていった。
ここは立体駐車場つきで、店は二階まである。
一階にある本屋はその中でも大きく作られており、本や漫画の種類が豊富だ。なんとなく漫画の新刊が並ぶコーナーを横目に見つつ、そのまま隅にある文房具が置かれているところまで行く。
特に買いたいものは無いため、会社で使えそうな何かはないかと適当に見て歩いたが、別にいま何かに困っているわけではないため、これといったものはやはり無かった。
短く息を吐き、今度はそのまま本のコーナーへと進む。漫画も色々なものが並んでいるが、本はそれを上回るくらい置かれていた。
平積みされた新刊は漫画の新刊コーナーより広く設けられ、有名な作家、映画化、ドラマ化した原作の本などがポップをつけられ置いてある。
やはり人気のあるものは目立つところに設置する方が売れるのだろう。
遥菓はまたなんとなくそれらを見て回り、ふと視線の先に見覚えがある横顔を見つけた。
「げ」
相手が誰であるか分かった瞬間、その場を離れる。なんで彼がこんなところにいるのか。
「休みの日にまで片岡さんとは会いたくないなぁ」
そっと覗き込むように本棚から顔を出す。そこにはやはり片岡がいた。じっと本を見つめていて、こちらに気付く素振りは全くない。
「・・・・・・・何か本、探してるのかな」
会社で見る、いつものヤンキー姿とは比べものにならないほど静かで、無表情に近い顔で見つめている。
きょろきょろしないあたり、本を探しているわけではなさそうだ。では彼は一体なにをしているのだろう。
(っていうか、片岡さん本読むんだ)
こちらの勝手な想像だが、片岡は漫画の類いの方が好きなイメージがある。だがそれは端から見た感想であり、実際はどうなのか分からない。
「・・・・・・・・・・・・」
遥菓は彼に近寄らずそっと顔を戻して歩き出した。バレやしないのに足音にまで気を遣ってしまう。
遠回りするように迂回し、本屋から出た。
見かけたのならば挨拶くらいしてもいいのかもしれないが、こういう時はお互い気付いても近寄らないのが世の暗黙のルールな気がする。
まぁ、仲の良い同僚とかは違うだろうけれど。
「それにしても、片岡さんは何していたんだろう」
ちょっと不思議に思いつつ、遥菓はエスカレーターで二階に上がった。
御用達の服屋を見て、なんとなくゲームセンターにも寄ってみる。それからフードコートで軽く飲み物を飲んで――――それからまた一階へ戻った。
そろそろ片岡もあの場から去っただろう。
それでも回りに注意しながら可愛い雑貨がある店の方へ歩き出すと、「田村さん?」と名前を呼ばれた。
「・・・・・・っ! ん、あれ?」
もしや見つかった!? とビクっと肩を上げ、思い切り振り返ると。
「えっと、おはようございます」
「あ、おはようございます。金崎さん」
そこには利用者の金崎がいた。少し緊張した面持ちで頬を掻いている。
「すみません、まさかここで田村さんと会うなんてびっくりして、思わず声を掛けてしまいました・・・・・・」
「いえいえ! 大丈夫ですよ!」
職場のいつものテンションで遥菓は返せば、相手はどこかホッとしたように力を抜いた。
「でもまさかここで会うとは、そりゃびっくりしちゃいますよね」
「はい。でもここ、意外と他の利用者も来てたりするんですよ」
「え! そうなんですか!」
まさかの情報に再び驚けば、「そうなんです」と苦笑した。
「ここって事業所からそんな遠くないじゃないですか。なので帰りに寄ってく人も多いんです」
「俺も結構な確率で利用者と会ったりします」との言葉に、本当は会いたくないと思っているんだろうなと遥菓も苦笑する。
元々人付き合いが苦手な人だ。慣れてからはこうやって彼から話し掛けてくれるが、ここまで心を開いてくれるのは時間が掛かる。
「そうなんですね。そしたらちょっとハラハラしそう」
「あんまり気にしないようにしようとは思っているんですけど、やっぱ周りを注意しちゃいますね」
「落ち着いて買い物が出来ないのはヤですねー」
出来るだけ事業所の知り合いとは会いたくないのが遥菓も本心だ。絶対嫌というわけでもないが、それでも折角の休日なのだから顔を合わせずにいたい。
先程の片岡にも話し掛けないでバレないよう逃げ出した。
そういえば金崎は片岡を見かけたりしたのだろうか。ちょっと聞いてみようと彼の名前を呼ぼうとすると、「あの」と彼の方が先に口を開いた。
「田村さん、ここにはひとりで来てるんですか?」
「へ? あ、はい。ひとりで自転車漕いで来ました」
「ここでも自転車なんですね」
通勤も遥菓が自転車を使っているのを知っている彼は少し笑い、そしてまた落ち着かない様子で頬を掻く。
「もし、あの、嫌じゃ無ければなんですけど、このあと時間ありますか?」
「えーっと・・・・・・なにかありました?」
何となく働いている時と同じ感覚で、もしかしたら誰かと面談がしたいのかもしれないなんて思ったりしていると、「いいえ、その」と金崎は言う。
「ちょっとでいいんで、あの、一緒にお茶でもしませんか?」
「・・・・・・・・・・・・」
一瞬どういう意味だか分からなかった。
彼とは休憩室で話すことはある。その時はそこに置かれているセルフドリンクを飲みながらだったり、適当に二人で立っていたりと様々だ。
片岡に怒られたが、そこで座りながら長く話すこともたまにある。
それの延長線上だと思うも、いや違うだろうと自分でツッコミを入れた。
「あーっと、そうですね」
果たして利用者とお茶を飲んでもいいのだろうか。
今はプライベートの時間だ。たまに安堂とご飯を食べに行ったりもする。しかしそれは同じ職員だからであって、利用者とは違う。その線引きは絶対にしないといけないと思うのだが。
「まぁ、ちょっと、なら」
そう思いながらも遥菓は首を縦に頷いた。
折角ここまで仲良くなったのに断ってしまったら、また一から関係をやり直さないといけない気もしたのだ。
それはちょっと面倒で、けれど結構悲しい。再度心を閉ざすなんて彼本人が辛いだろう。
「ちょっとだけ、お茶しますかね」
出来るだけ微笑んで言えば、金崎は見るからにパァと表情を明るくし、「いいんですかっ」と前のめりに聞いてきた。
「他の利用者には秘密でお願いします」
「はい! 絶対言いません!」
「じゃあどこでお茶飲みます? 紅茶とかって金崎さん大丈夫でしたっけ?」
まだ片岡がここにいるかもしれないことも念頭に置きながら、場所を選ぶ。一階の本屋から離れた二階の喫茶店の名前を出せば、彼は問題ないと頷き、二人で一緒に歩き出した。
「ここ、紅茶が美味しいんです」
店の前にあるメニュー表を見せる。
「私はいつもアイスミルクティーを飲むんですけど、茶葉の香りがすごく良くて好きなんですよ」
「へぇ、俺ここで食べたり飲んだりしたことないんで、初めてです」
「・・・・・・人混みで食事するのは苦手?」
「えー、んー、まぁ・・・・・・」
ぎこちなく返す彼に、遥菓は「そっかそっか」と笑った。自分もつい最近まで周囲に人がいる中でひとり食事を取るのは苦手だった。出来るようになったのは事業所で働くようになり、他人とコミュニケーションを取ることに慣れてきてからだ。
「私とお茶するの、辛かったりしません? 大丈夫です?」
「もし大変だったら飲み物だけ買って、外のベンチとかでもいいですよ」と提案すると、少し間を開けてから金崎は「大丈夫です」と笑った。
「誘ったのは俺なんですから、大丈夫です」
「なんかあったら無理せずに言ってくださいね」
「はい」
笑顔で頷いた彼に遥菓もまた微笑み返し、店内へと入っていく。
まだ昼前だからかそこも人が少なく、スムーズに注文することが出来た。
「じゃあ、この席にしますかね」
彼のことも考慮し、端の方の席を選ぶ。窓もないここはモールで歩いている人にも見られない。もし片岡や他の利用者がこの辺りを通ったとしてもバレないだろう。
二人はイスに腰掛ける。向かい合わせに何回か座ったことはあるが、事業所ではないせいかどこか新鮮に感じた。
「ケーキとかは注文しなくて良かったですか?」
「はい。紅茶が美味しいと聞いたので、今日は紅茶を堪能したいんです」
「はは、ありがとうございます」
金崎の前にはアイスレモンティーが置かれており、遥菓の前にはいつも通りのアイスミルクティーだ。
透明なグラスには四角い氷が入っていて、ストローで掻き混ぜるとカラカラと音が鳴る。このまま飲んでも美味しいのだが、少し甘めが好きな遥菓はそこにガムシロップを入れてまた混ぜた。
「金崎さんは甘いの平気なんでしたっけ?」
「んー、嫌いじゃないんですけど、あんま食べたり飲んだりはしないですね」
「コーヒーはブラック派?」
「ブラックも飲めますけど、ガムシロとかミルクもらったらなんとなく勿体なくて入れちゃいます」
「そんな気を使わなくても大丈夫ですよ」
どこまでも周りを気にする彼に、遥菓は笑う。
「でもまぁ、気持ちは分かります」
「田村さんも気ぃ使う人ですよね」
金崎もアイスレモンティーをカランと回し、レモンを紅茶の中に沈めていく。
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