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その意図を悟らせるよりも先に、千十世は手をひらりと振った。
「せっかくだし思う存分羽根のばしなよ、シゲ。じゃあね……なっちゃん、よろしく」
ほとんど言い逃げのように彼がバスの中へ戻ると、扉が閉まり、高速バスが発車した。これから乗車すること数時間、梅田で乗り換えをして、最終的に兵庫県はハチ北高原へと向かうという。
関西圏のスキー旅行で定番スポットだというのに、よくホテルが取れたものだ……となずながしげしげ感嘆しているうちに、バスは角を曲がってもう見えなくなった。
早朝の駅前で人影もまばらな中、なずなと繁雄はぽつんと取り残される。彼女が気まずく感じる前に、繁雄が口を開いた。
「なんやあいつ、珍しく気ィ回しよって」
「う、うん……せやね」
「珍しい言えば、なず……おまえもなんや最近おかしないか?」
「へっ?!」
水を向けられて彼女が二の句を継げないでいると、繁雄が心配そうな顔をした。
「元気ないっちゅーか、上の空っちゅーか……なんかあったんか」
それは、シゲちゃんのあんな顔見たことなかったから。
あんな顔、すきな人に見せているとこなんて見たくなかったから。
瞬間飛び出そうになった醜い本音を、喉の奥に押し込む。それからぎこちなく笑って、急ごしらえした言い訳をしどもどと舌にのせた。
「じ、実は……二学期の成績良ぉなくて、冬期講習行かなあかんねん。今日からやから、イヤやなーって」
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