0B. 憑

2/3
前へ
/62ページ
次へ
 あの噂話には続きがあった。と言っても、元の噂よりも認知度は低く、しかも低俗だ。  幽霊に取り憑かれた人間は、ライブハウスにいるやつとなら誰とでもようになるらしい。  それはやや悪意のある噂だった。例えばコウジにしたって、その前に取り憑かれたという噂のあったやつだって、みんな羨ましいくらいにギターがうまかった。  そのことが気に入らない奴らが、こんな噂を流したのだろう。実際ネットの掲示板には、やれどこのバンドのギターがヤリチンだ、浮気野郎だと、根も葉もないことばかりが――そしてときには本当のことが――書き込まれている。  もし噂が本当なら。もしここにいる誰とでも寝れるなら、淳は幽霊に取り憑かれてみたいと思っていた。 「おっ、リハ終わり?おつかれ!」  智浩が振り返り、飾らない笑顔を向ける。  彼に見られたと思うとにわかに体温が上がる。  そうやって気さくに声をかけてくれるのは、淳たちがバーカウンターの向こうにいるからだ。つまり、誰にでもそうするのだ。  淳は思わず、目を背けた。  なぜ彼にだけ、と思う。  いつもなら、気になった奴に声をかけることも、ベッドに誘うことすらも、なんの苦労もなくできる。実際、淳は星の数ほどの女と――ときに男とベッドを共にした。それが智浩にだけは、このザマなのだ。  歳が一回り違うことは理由にはならない。もっと歳の離れた男と寝たこともある。なぜこんなにも上手く行かないのかわからない。それが余計に苛つかせる。  幽霊が取り憑いてくれたら、そいつのせいにして智浩と寝るのに。そしたらきっと、こんな苛立ちすぐにどこかへ行く。  不純な思いを抱えながら、リクとフロアの段差に腰掛ける。Eclipseのリハが終わった。明るく照らされたステージはどこか虚ろだった。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

42人が本棚に入れています
本棚に追加