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「大丈夫さジュン!僕の祖父は、去年3回目の結婚をしたところだよ。彼は毎回運命の人だって言ってるけどね、つまり運命なんてどこにでも転がってるのさ!」
そう言ってマイクは励ましてくれた。
どこにでも転がってる、という点には淳も同感だった。
でも、どうやって過去に踏ん切りをつけるのだろうか。
「マイク、君のお爺さんはさ、前の奥さんをどうやって忘れたの?」
「忘れる?まさか。今でも愛してるよ!」
思った答えではなかった。
なんていうか、サンドバッグに顔を貼って殴り倒したとか、持ち物をドラム缶で燃やしてやったとか、そういうアメリカっぽい話を期待していたのだが。
でも、案外そういうものなのかもしれない。淳はなんだか気が抜けてしまった。
「マイクの爺さんはイカれてるね!俺は前の彼女のことなんか思い出すだけでシンバル割っちゃいそう」
アオくんはそう言ってゲラゲラと笑った。こういうのは人それぞれなのだろう。
瓶に残っていたビールを飲み干す。
パチパチした泡の奥で、淳のわだかまりも弾けて消えていく。
オハイオで21時ということは、日本は今、ちょうど次の日の真昼だ。智浩は目を覚ましたところだろうか。
時差のせいとはいえ、自分と自分の知っている人が違う日付を生きているというのは、なんだか不思議だった。
智浩の見ている昼の光は、淳には14時間遅れでやって来る。朝も、昼も、夜も……智浩から少し遅れて淳のもとに届くのだ。
アオくんが店の中に戻るのと同時に、リーダーのショウがやってきた。川の方から、やや強い風が吹いて淳たちの体を押す。
「いい風!なあ、じゅんじゅん、この曲めっちゃ良くない?」
ラジオで流れている曲のことを言っているらしい。たしかに、さっきから淳も気になっていた。
どこかで聴いたことのあるギターだと思った。
マイクも興味があるようだった。
「ああ、最近ドイツで人気のバンドだね。ギタリストは日本人らしいよ。――ギターの感じ、昔のジュンにちょっと似てるね」
ああ、だからか、と思った。
夜は深くなる。淳は新しいビールに口をつけた。全ては過ぎ去って、新しい風だけが淳を撫でていた。
帰国したら、久しぶりに智浩に会いに行こうと思った。
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